文/晏生莉衣
ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。
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日本人のパスポートの氏名表記には、アメリカ人医師のヘップバーン博士が考案した「ヘボン式」ローマ字が使われる一方、学校では「訓令式」ローマ字が教えられていることは、前回レッスンの最後に触れたとおりです。その違いについて考える前に、今回はまず、日本人の間でよく見られる誤解を解いておきましょう。
最初に考えて頂きたいのですが、「英語のお名前をお持ちですか?」と聞かれたら、どうお答えになりますか? 日本人なら「持っていない」と答える方が多いでしょう。それは正解で、アメリカ人だったが日本に帰化した、イギリス人と国際結婚した、英語圏生まれの二重国籍で英語の名前も持っている、というようなケースを除いて、一般論として言えば、日本人は英語の名前というものを持っていません。
日本のパスポートに記載されている氏名は、海外向けに、日本語がわからなくても読めるようにローマ字を使って名前を書いたものですから、「ローマ字表記」された名前です。英語名ではなく、名前の英語表記でもありません。ところが、この区別がつかず、混同されることがよくあります。「パスポートに記載されているのは、自分の名前を英語で書いたもの」だと思っている方は、結構いらっしゃるものです。
英語もローマ字も同じものと思ってしまいがちですが、きちんと分けて考えれば簡単です。日本語を英語にするというのは、日本語を英語に訳しているのであって、日本語を英語で書いているわけではありません。例えば就職試験やクイズで「この文章を英語にしてください」という問題を出すなら、「英語に訳してください」、「英語ではなんと言うでしょう」という意味にとらえることができるのでOKですが、「この文章を英語で書いてください」としてしまうと、その問題自体が間違っていることになります。「英語ではどのように書くでしょうか」という質問なら、英語として別の文章に書き直すということを示唆しているので、これも一応OKですが、それよりは「英文にしてください」とするほうが、問題の意図がはっきりします。
一方、ローマ字は、「語」ではなく「字」ということからもわかるとおり、言語ではなく、文字のことです。日本でのローマ字は、日本人の名前の漢字にひらがなやカタカナを使ってふりがなを振るのと同様に、海外の人でも読めるように、ふりがなの代わりのようなものとして使われています。つまり日本で、ローマ字は、漢字、ひらがな、カタカナと合わせて、日本語を書くために使う文字の一つなのです。過去に、漢字を廃止して国語としてローマ字を導入するというローマ字運動というものがあったように、日本語の文章をローマ字だけで書くことは可能です。ですから、英語と違って、「この文章をローマ字で書いてください」という問題は、大人にとっては少し変に感じるかもしれませんが、学校のローマ字教育では「あり」なのです。
「英語で書いた日本語」はない、でも「ローマ字で書いた日本語」はある。こうして整理してみると、違いがわかりやすくなるでしょう。
ローマ字と英語の混同があちこちで
ところが、日本人の名前のローマ字表記を「姓」→「名」の順でという方針が発表された時(レッスン15、16、17参照)、マスコミ報道の中にも「英語の名前表記」とし、ローマ字と英語が混同されているものを見かけました。外務省ホームページ英語版の首相の氏名表記について書いた記事でしたが、日本人の名前に英語版はありませんから、ホームページが英語版でも日本人の名前までもが英語になることはないのですが…。
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