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「姓→名」へ変更は必要?「名→姓」ローマ字表記は、実はとても日本的【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編15】

文/晏生莉衣
「姓→名」へ変更は必要?「名→姓」ローマ字表記は、実はとても日本的【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編15】ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。

* * *

日本人のローマ字表記を一般的に使われてきた従来の「名→姓」から「姓→名」の順序に変更し、統一するという方針が外務大臣や文部科学大臣から発表されて、議論を呼んでいます。ラグビーワールドカップや来年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて定着させたいという意向があるようですが、「そのほうが望ましい」とか、「いや、混乱する」とか、賛否の意見が分かれています。

日本人名のローマ字表記については、2000年に、文化庁の諮問機関の国語審議会によって「姓→名」の順で表記することが推奨されていて、文化庁はそれにもとづいて、官公庁、都道府県、教育機関などに通知を出したものの、一般的には受け入れられないままとなっていたということです。令和元年を迎えたことで再通知をすることになったのでしょうか。くわしい事情は伝えられていませんが、政府内でもまだ意見が統一されていないようです。

日本固有の文化を重んじて、海外向けにも名前を日本名どおりに使用するべきという意見は理解できるものですが、その理由として、「『習近平(しゅう・きんぺい)主席がXi Jinping、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がMoon Jae-inというふうに表記されている外国の報道機関が多い』から日本も同様にするべきだ」という外務大臣の説明には、ちょっと首をかしげてしまう部分もあります。

中韓は海外でも「姓→名」の順だという説明は正しいか?

わかりやすいのはその説明に出てくる韓国の大統領のお名前で、確かに名前の順序からすれば、ローマ字表記は韓国式になっていますが、「文(ムン)」をMoonと表記するのは、名前が英語風にアレンジされているからなのだそうです。それ以前の韓国大統領のローマ字表記も、Park(朴)さん、Lee(李)さん、というように、英語でわかりやすい表記になっています。このように韓国では、名前のローマ字表記は英語でわかりやすい発音になるように変えて書くことが慣習として定着していて、そうしてアレンジしたものをパスポートにも使うのだとか。つまり、韓国の方々は、本来の名前と、英語風に変えた、同じようで微妙に違うローマ字表記の二つの名前を持っているわけです。

同じく韓国人で国連事務総長だった潘基文さんは、世界的によく報道に取り上げられる立場におられましたが、日本の報道では、氏名の後に(パン・ギムン)あるいは(バン・キムン)とカッコ付けでカタカナ読みがつけられているのを見かけていました。二通りの読みがあって、「なぜ二つ?」「どっちが正しい?」と不思議に思う方もいらっしゃると思いますが、「パン・ギムン」は本来の韓国名をカタカナにしたもの、「バン・キムン」はローマ字表記の氏名をカタカナにしたものです。国連では、Ban Ki-moonと表記され、「バン・キムーン」のように発音されていました。

このように、「ローマ字表記の氏名の順は母国式、でも、英語風に変えている」というのが、韓国の大統領や要人の氏名のローマ字表記に関する、より正しい認識です。

また、同じ韓国人の有名人でも、欧米式に「名→姓」の名前を使っていることも多いようです。たとえば、元フィギュアスケート選手のキム・ヨナ(金妍兒)さんは、Yuna Kimとして知られていますし、キム・ヨナさんの公式ウェブサイトでもそのローマ字表記が使われています。サムスン電子CEOの高東眞(コ・ドンジン)さんは、アジア系メディアではKoh Dong-jin、欧米メディアではDong-Jin Kohとされることが多く、ご本人は、より英語風に “DJ Koh”(ディージェィ・コー)というようにも名乗られています。

そして、韓国名をローマ字にする方法は統一されておらず、慣習で一般的に定着している表記はあるものの、個人の好みで決められるので、同じ姓でも違う綴り方をすることも普通にあるそうです。

このように、韓国では大統領のように母国式に「姓→名」とする人がいれば、有名人でも欧米式に「名→姓」を使う人もいて、誰もが一律に「姓→名」としているわけではありませんし、ローマ字の綴り方も自由。そうしたことを伝えずに、韓国ではすべての人が一律に「姓→名」のローマ字表記を使っているかのような印象を与える説明をして、だから日本人も皆、「姓→名」の順でローマ字表記をするべきだ、と主張しているのなら、それはミスリードというものです。

次に、日本人は名前を逆の順序にして表記することで欧米に追従し、日本文化を軽んじているのではないかという点についてですが、日本では名前をローマ字表記する際に、韓国の慣習のように英語風の発音にアレンジするというようなことはなく、日本語の発音をそのまま、ヘボン式のローマ字に置き換えているだけです。海外向けに英語風に変えた別名を作るのではなく、あくまで日本名そのもののローマ字表記なのです。日本語という独自文化と国際社会のスタンダードのどちらも重んじて、調和させて使ってきたのが、従来の「名→姓」のローマ字表記ですから、母国語の名前を外国からも正しく理解し、尊重してもらうという姿勢について、日本が他国より劣るということはまったくないのだと思います。

海外で働く場合は共通ルールに従うことも必要

今回の外務大臣や文科大臣の主張にあるように、日本の首相や政府要人は「姓→名」のローマ字表記を使用する、というのが今後の政府の方針となるのなら、当事者ご自身が率先してその順で名前を使用し、政府もその方針を海外に向けて示し続けていけば、国際的にも定着させることはできるでしょう。そのようにして、政府要人の方々がご自分の氏名のローマ字表記の順序を変更しても、国民に大きな影響を与えるようなことでもないので、特に反対する理由もないのですが、他方、その方針が一般の日本人にも強く奨励されるということになれば、変更による欧米式表記のクレジットカードに関するシステム障害を始め、私たちの生活に大小様々な問題が発生することが予想されます。

海外で仕事をしている日本人や日本人留学生にとっては、自分たちだけではそうした変更自体、コントロールできるものではないということも、長い海外生活を送ってきた私自身の経験から懸念される点です。

ご自分やお子さんが英語圏へ留学している場合、「名→姓」の順で学生登録されて、以後、成績や学位論文、学位証明書など、すべて、英語式のスタンダードで記録されるのは、どこの国からの留学生であっても同じです。それを、日本で方針の変更があったので、卒業証書の自分の名前を「姓→名」にしてくださいと言っても、そうした個別のリクエストが可能かどうかはケースバイケースでしょう。

仕事について例を上げると、私が働いていた国連機関では、職員用の名刺は、自分のオフィスのコンピューターからデータをインプットすると、そのデータが担当部署に送られて、オートフォーマット方式で作成されるというシステムになっていました。名前は「名→姓」の順でプリントされ、姓のほうは大文字で表記されます。わかりやすいようにラストネームのアルファベットをすべて大文字で書くのは英国式で、アメリカではこの方法はあまり使われないのですが、国連機関では英国式の英語が使われますので、こういう形になります(レッスン2参照)。

コンピューターでの自動作成ですべての職員に同じフォーマットが適応されますから、中国人や韓国人、日本人の職員が、「母国では逆の順序で書くから、名刺もそれに合わせて姓を先にして」というような特注をすることはできません。これは、世界各国の人たちが集まって働く組織の中では当然のことで、すべての国の職員が同じルールに従うのは、どの国の職員も平等に扱われるために必要なことなのです。

先に例に挙げた潘前国連事務総長は、当時の身分は国連職員でしたが、事務総長就任以前の韓国外交通商部長官当時から、母国式で「姓→名」のお名前を使用されていたので、そのまま名乗り続けることになったようです。国連事務総長は国家元首クラスと同等のポストなので、その点からも、「名→姓」という国連ルールからの除外も可能だったのでしょう。

国際化された社会の一員として、国際スタンダードに合わせて名乗るのか、国際化された社会だから、言語の多様性を意識して自国の固有形式を使うのか。次回も引き続き、このテーマを取り上げる予定です。

文・晏生莉衣(あんじょうまりい)
東京生まれ。コロンビア大学博士課程修了。教育学博士。二十年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事後、現在は日本人の国際コンピテンシー向上に関するアドバイザリーや平和構築・紛争解決の研究を行っている。

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