文/晏生莉衣
ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。
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日本人のローマ字表記を一般的に使われてきた従来の「名→姓」から「姓→名」の順序に変更し、統一するという方針が外務大臣や文部科学大臣から発表されて、議論を呼んでいます。ラグビーワールドカップや来年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて定着させたいという意向があるようですが、「そのほうが望ましい」とか、「いや、混乱する」とか、賛否の意見が分かれています。
日本人名のローマ字表記については、2000年に、文化庁の諮問機関の国語審議会によって「姓→名」の順で表記することが推奨されていて、文化庁はそれにもとづいて、官公庁、都道府県、教育機関などに通知を出したものの、一般的には受け入れられないままとなっていたということです。令和元年を迎えたことで再通知をすることになったのでしょうか。くわしい事情は伝えられていませんが、政府内でもまだ意見が統一されていないようです。
日本固有の文化を重んじて、海外向けにも名前を日本名どおりに使用するべきという意見は理解できるものですが、その理由として、「『習近平(しゅう・きんぺい)主席がXi Jinping、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がMoon Jae-inというふうに表記されている外国の報道機関が多い』から日本も同様にするべきだ」という外務大臣の説明には、ちょっと首をかしげてしまう部分もあります。
中韓は海外でも「姓→名」の順だという説明は正しいか?
わかりやすいのはその説明に出てくる韓国の大統領のお名前で、確かに名前の順序からすれば、ローマ字表記は韓国式になっていますが、「文(ムン)」をMoonと表記するのは、名前が英語風にアレンジされているからなのだそうです。それ以前の韓国大統領のローマ字表記も、Park(朴)さん、Lee(李)さん、というように、英語でわかりやすい表記になっています。このように韓国では、名前のローマ字表記は英語でわかりやすい発音になるように変えて書くことが慣習として定着していて、そうしてアレンジしたものをパスポートにも使うのだとか。つまり、韓国の方々は、本来の名前と、英語風に変えた、同じようで微妙に違うローマ字表記の二つの名前を持っているわけです。
同じく韓国人で国連事務総長だった潘基文さんは、世界的によく報道に取り上げられる立場におられましたが、日本の報道では、氏名の後に(パン・ギムン)あるいは(バン・キムン)とカッコ付けでカタカナ読みがつけられているのを見かけていました。二通りの読みがあって、「なぜ二つ?」「どっちが正しい?」と不思議に思う方もいらっしゃると思いますが、「パン・ギムン」は本来の韓国名をカタカナにしたもの、「バン・キムン」はローマ字表記の氏名をカタカナにしたものです。国連では、Ban Ki-moonと表記され、「バン・キムーン」のように発音されていました。
このように、「ローマ字表記の氏名の順は母国式、でも、英語風に変えている」というのが、韓国の大統領や要人の氏名のローマ字表記に関する、より正しい認識です。
また、同じ韓国人の有名人でも、欧米式に「名→姓」の名前を使っていることも多いようです。たとえば、元フィギュアスケート選手のキム・ヨナ(金妍兒)さんは、Yuna Kimとして知られていますし、キム・ヨナさんの公式ウェブサイトでもそのローマ字表記が使われています。サムスン電子CEOの高東眞(コ・ドンジン)さんは、アジア系メディアではKoh Dong-jin、欧米メディアではDong-Jin Kohとされることが多く、ご本人は、より英語風に “DJ Koh”(ディージェィ・コー)というようにも名乗られています。
そして、韓国名をローマ字にする方法は統一されておらず、慣習で一般的に定着している表記はあるものの、個人の好みで決められるので、同じ姓でも違う綴り方をすることも普通にあるそうです。
このように、韓国では大統領のように母国式に「姓→名」とする人がいれば、有名人でも欧米式に「名→姓」を使う人もいて、誰もが一律に「姓→名」としているわけではありませんし、ローマ字の綴り方も自由。そうしたことを伝えずに、韓国ではすべての人が一律に「姓→名」のローマ字表記を使っているかのような印象を与える説明をして、だから日本人も皆、「姓→名」の順でローマ字表記をするべきだ、と主張しているのなら、それはミスリードというものです。
次に、日本人は名前を逆の順序にして表記することで欧米に追従し、日本文化を軽んじているのではないかという点についてですが、日本では名前をローマ字表記する際に、韓国の慣習のように英語風の発音にアレンジするというようなことはなく、日本語の発音をそのまま、ヘボン式のローマ字に置き換えているだけです。海外向けに英語風に変えた別名を作るのではなく、あくまで日本名そのもののローマ字表記なのです。日本語という独自文化と国際社会のスタンダードのどちらも重んじて、調和させて使ってきたのが、従来の「名→姓」のローマ字表記ですから、母国語の名前を外国からも正しく理解し、尊重してもらうという姿勢について、日本が他国より劣るということはまったくないのだと思います。
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