文/晏生莉衣
中国、韓国がお手本? 日本人の「名前の文化」とローマ字表記を考える【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編16】ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。

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日本人のローマ字表記を従来の「名→姓」から「姓→名」の順序に変更。一部の閣僚によって発表された方針について、今回も引き続き、考えてみましょう。この方針から読み取れる「日本固有の文化を重んじる」という趣旨はよくわかりますが、その理由とされた「中国主席や韓国大統領は、『姓→名』の本来の順で海外報道されていることが多いのに、日本はそうなっていないから」という話には、首をかしげてしまうところがあると、前回のレッスンで指摘しました。

なぜかというと、各国にはそれぞれ、名前にまつわる伝統や慣習があるので、その異なる「名前の文化」を考えずに、中国や韓国にならって日本も同じようにするということには、あまり意味がないからです。その点についてより理解を深めるために、前回は、韓国のローマ字表記氏名に関する慣習を取り上げました。今回は、中国の氏名についての慣習です。

一言で言うと、中国では、フルネームで呼び合います。家族、同僚、友人などの間柄では、敬称を使わず、フルネームで呼び捨てにするのが一般的で、年齢や性別には関係なく、この呼び方をします。目上の人やよく知らない人に対しては、姓のあとに、男性なら「先生」、女性なら「小姐」「女士」などの敬称をつけて呼びますが、日本人の感覚では「○○さん」と「さん」づけで呼ばないと失礼に感じるような場合でも、中国ではフルネームの呼び捨てが普通で、失礼にはあたらないそうです。夫婦でもフルネームで呼び合う習慣があり、日本人にはとても不思議に聞こえますが、中国は夫婦別姓なので、特に変わったことではないのだそうです。

では、なぜフルネームで呼ぶのかというと、中国の姓は一文字のものが多いので、姓だけでは発音が短すぎて呼びづらいことに加えて、同じ一文字姓の人がたくさんいるため、姓だけ呼ぶと誰のことだか区別しにくいということが関係しているようです。中国人の約20%は、李さん、王さん、張さんだと言われ、「李先生」と呼びかけると何人もがふりむく、というジョークもあります。

こうしたことは、韓国にも同じようなことが言えます。同じ漢字の一文字の姓が多いという点では、むしろ、韓国のほうが当てはまり、「五大姓」と呼ばれる、金さん、李さん、朴さん、崔さん、鄭さんが、人口の半数以上を占めると言われています。ですから中国と同じく、韓国でもフルネームで呼び合う習慣があります。これは、韓流ドラマがお好きな方ならよくご存知でしょう。ただし、韓国では中国のような呼び捨てにはしないそうです。

中韓と日本の名前と習慣。その違いに気づいたら

それに対して、日本の名字には30万ほどの種類があると言われています。中国、韓国では圧倒的に多い一文字の漢字の姓は、日本では逆にめずらしく、たいてい、二文字、時には三文字の漢字が使われていますから、ヴァラエティが多くなるのは当然です。中国や韓国では漢字三文字でフルネームのことが多いことを考えると、日本の名前はとても長いことがわかります。そういうことが影響してきたのでしょうか。日本は、職場でも家庭でも、フルネームで呼び合う習慣は一般的にはありません。

こうした習慣の違いから、感覚的な差異も考えられます。中国、韓国では、フルネームで呼ぶ習慣から「姓名」が一つのセットという感覚があり、ローマ字表記でもそのまま書くのが自然に感じられます。それに対し、日本人にはフルネームで呼び合う習慣がなく、むしろ公の場では「姓」で、家庭では「名」で呼び、日常的に姓と名を使い分けています。その習慣から、姓と名を別個のものとして入れ替えてもさほど違和感がなく、「名→姓」の欧米式に順応して定着したとも考えられます。

もう一つ注目される点は、覚えやすさです。方針では「習近平(しゅう・きんぺい)主席がXi Jinping、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がMoon Jae-inというふうに表記されることが多いから、日本も同じようにすべき」という主張がされましたが、そこで例に出されたお名前からもわかるように、中国、韓国の方々は一文字姓で、かつ同じ姓が多いので、ローマ字表記で姓を最初にすると外国人にも覚えやすいという利点があります。それに対して、日本人の名前は姓も名も音節がつながって長く、日本についてくわしくない限り、外国人にはどちらが姓でどちらが名か区別がつきません。姓だけでも人それぞれ違い、ヴァラエティに富んでいるので、姓を最初にしたからといって、覚えやすさについて、特にメリットが生まれるわけではありません。

ここで挙げたのは、中国、韓国の氏名についての慣習や文化のごく一部ですが、それでも、中国、韓国と日本の氏名には、かなりの違いがあることがわかります。三か国の共通点といえば、漢字を使用することと、氏名は欧米とは逆で「姓→名」の順ということくらいではないでしょうか。

文化の違いというものは、多様な文化についてよく知ろうという気持ちがないと見逃してしまいます。今回の方針では、欧米式と日本式の違いだけが強調され、中国、韓国、日本の名前の文化の違いについての考察は伝わってきませんでした。その方針に賛同する声がある一方で、すんなり受け入れられないという意見も多く聞かれるのは、異なる文化を使って日本の文化を一般化しようとしたことに一因があるように思われます。

【次ページに続きます】

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