取材・文/柿川鮎子 写真/木村圭司
民俗学者の柳田國男(1875~1962年)は日本人と犬に関して、犬が異界へ行き来する身近な動物と捉えていた点を指摘しています。人々が暮らしていた里の周りには山や林・森など、人が容易に立ち入れない場所がたくさんありました。山は木の実や薪を手に入れる、恵みの場所ではあっても、深く分け入ると迷ったり出て帰れない異界でした。そんな異界の山と里を自由に行き来できたのが、犬でした。
犬は異界との行き来が可能な、特別な能力をもつ動物
古くから日本人は、犬が異界との行き来が可能な、特別な能力をもつ動物であると考えました。犬の特殊能力は昔話の「花咲かじいさん」が有名です。お宝が埋まっている場所を「ここ掘れワンワン」と、おじいさんに知らせました。
宇治拾遺物語でも犬が活躍します。藤原道長が法性寺の門を通りかかると、飼っていた白い犬がワンワン吠えて、邪魔をします。不思議に思った道長は、安倍晴明を呼んで調べたところ、道長を殺す呪いがかけられていました。
今昔物語では、犬が文殊菩薩のお使いとして活躍しました。また、江戸時代に大人気となった曲亭馬琴の南総里見八犬伝も、特殊能力を持つ犬の物語です。犬の破邪能力は子供を守る民間信仰となり、犬箱や犬張子を子どものそばに置きました。
子どもの額に犬の文字を書き、病気やケガから守る風習は現在も残っています。最近はお宮参りの際、×や大・小の文字を子どもの額に記しますが、これは平安時代に犬と書いた文字が転じたものと考えられています。
人間の魂を導く、メキシコのヘアレスドッグ、ショロイツクインツレ
犬の破邪能力を感じたのは日本人だけではありません。メキシコのヘアレスドッグであるショロイツクインツレは、スペイン人がメキシコを征服する前の原住民にとって、無くてはならない犬種でした。この犬は死んだ人間の魂を導いてくれる、使いだったのです。
アステカやマヤの人たちはアステカの雷と死の神であるショロトル(Xolotl)と、イヌを意味するアステカ語イツクイントリ(Itzcuintle)の2語を合わせて、ショロイツクインツレという名前を付けました。神話によると、冥府の最下層であるミクトランに至る危険な魂の旅で、死者の魂を導いてくれるショロトル神が創造した犬であると伝えられています。
また、この犬は人間の体の痛む部分にあてると、回復すると考えられていました。ヘアレスドッグなので触ると犬の体温が直接伝わってきます。犬の体温は37~39度と人に比べると2~3度ほど高いので、温め効果で血行が良くなり、本当に痛みが消えたのかもしれません。
世界中で犬は私達を災いから守り、助けてくれる存在でした。最近は癌探知犬や、地雷探査犬など様々な分野で能力を発揮しています。過去から現在に至るまで、犬は私達にとって、なくてはならない存在となっています。
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。
写真/木村圭司