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取材・文/柿川鮎子 写真/木村圭司

単なる猟犬ではなかった伝説のマタギイヌ/人と犬の固い絆

マタギは東北地方の山間部で、クマやカモシカなど、野生動物の狩りを専門に生活していた人々です。各地でマタギ集落を形成して、さまざまな掟を守って暮らしていました。秋田マタギは秋田犬を使った狩猟が得意で、地元の人々は秋田犬をマタギイヌと呼んで大切に飼育していました。

マタギイヌは現在の秋田犬に比べると、やや小型で、目が細く吊り上がり、精悍な顔つきをしていました。狩猟系秋田犬と呼ばれる犬種で、地元の人々は「地犬(じいぬ)」と呼んで可愛がっていました。動きが俊敏で、強い気質をもち、大きなクマにも果敢に挑み、いったん喉に食いついたら離れず、主人が仕留めるまでは絶対に放しません。

アナグマなどの小型の野生動物は、主が鉄砲で仕留めなくても、マタギイヌが獲ってきてくれたため、優秀な犬は特に大切にされていました。マタギの村のひとつである葛原集落は、川を渡った深い山中にありました。集落へ行く途中の渡し船では、犬の毛皮を着た人や、犬をいじめたことのある人、犬の肉を食べたことのある人は、決して乗せなかったぐらい、徹底していました。マタギイヌ

■マタギイヌのアカがやった狩りの成果の合図

ここで伝説のマタギイヌ・アカが登場します。アカは主人と猟に行き、たくさんの獲物を獲得すると、主人より先に家に帰って、尾を振りながら土間に上がり、薪が燃えている囲炉裏端の温かい場所に座りました。家にいた家族が「アカ、獲ってえがったな」と声をかけると、前脚をトントンと交互に踏んだそうです。何と可愛い合図でしょうか。しばらくすると、主人がたくさんの獲物を担いで帰ってくるのです。

逆に猟が不作で、主人が獲物を獲れなかった時、先に帰ったアカは土間に上がらず、隅に置かれた箱の中にうずくまって、隠れてしまいます。後から帰ってきた主人が食事に誘ったり、水を飲ませようとしても、決して顔をあげずにじっとしていたというから、健気です。

ほかにもアカの伝説はたくさん残されています。アカというのは、犬のポチやシロぐらいマタギイヌとして一般的な名前で、狩人によっては数頭のアカを飼育していました。したがって、アカの伝説は、一頭の犬のことではなく、いろいろな犬のエピソードがまざって伝わったようです。

その中でも有名なのが雪崩により、主人を亡くしたアカが、主人の遺体に寄り添って救助が来るまで動かなかったというエピソードです。アカは救助隊に助けられ、別のマタギに売られましたが、その際、「人を喰ったから売られた」と嘘の噂をたてられました。主人とアカの関係を知っていた村人は、アカの無実を証明するために、徹底的に調査をして、助けた救助隊が犬を売るために嘘を言った事実を突き止めました。別の救助隊員によると、アカは亡くなった主人の傍を離れず、体温で主人を温めていたそうです。

こうしたマタギイヌを取り巻く村人たちの関係を調べていると、人々がいかに犬を信じ、犬を大切にしてきたのかが伝わってきます。マタギとマタギイヌは猟師と猟犬以上の、深い愛情と絆で結ばれていました。犬は単なる狩りの道具ではなく、一緒に戦う同じ仲間でした。そして神様として祀られたマタギイヌもいました。

■大館市で人に祀られたマタギイヌのシロ

大館市には老犬神社があり、マタギイヌのシロを祀っています。マタギの佐多(定)六は、シロというマタギイヌを可愛がり、いつも一緒に狩りをしていました。ある日、獲物を追っているうちに三戸城の領内に迷い込んでしまい、佐多六は城に向かって発砲した重罪で、捕らえられてしまいます。

佐多六は身の潔白を表す狩猟免状を携帯していませんでした。シロはそれを取りに自宅に戻ります。しかし家にいた佐多六の妻はなぜシロが戻ってきたのかわりません。シロは仏壇の下の狩猟免状に向かって猛烈に吠え、気づいた妻はそれをシロの首に結びつけました。全力で城に戻ったシロを待ち受けていたのは、大好きな主人の無残な姿でした。シロは処刑された主人の亡骸を来満峠まで移動させ、悲しみのあまり大きな遠吠えで鳴きました。その声は三戸城まで響き渡ったそうです。

夜になると悲しい犬の声が響き渡るこの森は、やがて「犬吠えの森」と恐ろしがられ、しばらくして大きな地震により、辺り一帯が山崩れに遭い、城も大きな被害を受けました。シロの祟りと恐れた人々は、シロと佐多六を手厚く葬って、老犬神社を建立しました。

アメリカン・アキタはマスティフのような風貌をしています

アメリカン・アキタはマスティフのような風貌をしています

飼い主に忠実なマタギイヌの血は、現在も受け継がれ、アキタという犬種として、世界中にその名を知られています。米国では戦後、アメリカン・アキタという新しい犬種まで作り出してしまいました。アメリカン・アキタは別名グレート・ジャパニーズ・ドッグ、ジャパニーズ・グレート・ドッグとも呼ばれ、その名の通り、日本を代表する犬種のひとつとなっています。

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

写真/木村圭司

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