■鷹狩の犬も白が好まれた
日本書紀と今昔物語、宇治拾遺物語の白い犬は不思議な力をもつ、霊験あらたかな生き物として描かれていました。また、古事記の雄略天皇にとって白い犬は、贅沢な村長を許してしまうほど、もらって嬉しいプレゼントでした。応神天皇の愛犬シロ君は、名前からも可愛がられていた様子が伺えます。
江戸時代、幕府が用いた鷹狩り用の犬も白い犬が好まれました。神聖な生き物であるという意味合いと同時に、狩りの時、遠くから見やすい白の方が、狩りに便利であったのではないかとも考えられています。江戸時代の犬の戸籍帳簿には牛込白や赤坂白、四谷白など、地名+白という名前がたくさん掲載されていました。
白い蛇や白いキツネ、白いゾウやツルなど、白い動物や鳥は神聖で冒しがたい大切な生き物であるというイメージがあり、そういった点からも白い犬は珍重されたのでしょう。
遺伝子の突然変異などでメラニンが欠乏するアルビノは、動物には一定の割合で出現します。東京・北の丸公園のスズメの群れの中にもいましたが、2年足らずで姿を消しました。白い生き物は、見た目は美しいものの、目立つので敵の攻撃を受けやすく、生き延びるのは難しいようです。だからこそ、生きている白い個体は力を持ち、知恵があり、尊敬すべき対象となったのでしょう。
■戦後のペットブームにも白い犬が登場
日本人の心の中に深く住み着いてきた、白い犬へのあこがれは、ペットにも投影され、戦後初のペットブームではシェパードやコリーとともに、日本スピッツが大人気となりました。白い毛が全身を覆い、黒い瞳が印象的で愛らしく、大ブームとなります。
しかし、無理な交配が進み、遺伝的疾患が増えたことや、飼い主の訓練不足により、吠え声がうるさい点が嫌われ、ブームは下火になります。現在は適切にブリーディングされた結果、性質の穏やかな犬種へと変化し、日本の気候にも合って飼育しやすいコンパニオンドッグとして再評価され、日本スピッツは静かな人気を集めています。
日本スピッツに魅せられた人物として有名なのがサンフランシスコ平和条約を締結した吉田茂です。「ワンワン宰相」と呼ばれた愛犬家でした。二頭の犬の名前はサンとフランで、生まれた子犬にシスコと名付けたほか、ウイスキー、ブランデー、シェリーなど多い時には10頭以上の犬を飼育していました。
白は穢れの無い、清廉潔白を表す美しい色です。白い毛や羽毛で覆われた動物や鳥は、高貴で尊いイメージとともに、日本人の心に強い印象を与え続けてきました。白という色の好ましさが加わったからこそ、白い犬は他の毛色の犬とは違って、特別な存在となったのです。長い歴史の中ではぐくまれてきた、日本人と白い犬との切っても切れない深い関係と愛情は、これからも続きそうです。
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。
写真/木村圭司