あらゆるパターンの相続トラブルを目撃してきた相続問題の専門家・曽根惠子さんから、これまであった相続トラブルの実例と、その解決策をご紹介いただく当企画。
親のことはもとより、自分自身も“終活”を意識する年齢にさしかかっているサライ世代にとっては大切な知識である。後戻りできない骨肉の争いを避けるためにも、ぜひ読んでおいてほしい。
【相続事件簿08】相続放棄しても、相続人として復活できる方法がある?
今回の相談者は寺田宗久さん(仮名・59歳)。2か月前に89歳で母親が亡くなり、兄、姉、養子になっているいとこと4人で相続の手続きをすることになったことが、事件の発端だ。
「15年前に、父が亡くなったときに、相続で大モメしたんです。父が興した不動産管理会社を継いだ兄が、母親と姉、私、養子になったいとこを相手取り、遺産分割をめぐって調停を起こしました。その時に心を痛めた母親は、兄夫婦と住んでいた実家を出て、姉の家に身を寄せました。それから15年間、母親は同居する姉夫婦が面倒を見てきたのです。最後のほうは認知症だったので、介護は大変でした」
父親が亡くなったときの遺産分割協議について聞くと、兄は長男である自分が跡継ぎで財産も大部分相続すると主張してまとまらなかったという。父親は遺言書を残していなかったのだ。相談を受けた曽根さんから、「過去のトラブルが現在のトラブルの引き金になることが多いため、その当時のことも確認したい」と質問は当時のことに。
「兄は父親が体調を崩して入院したことから、勤めていた一流企業を辞め、父の代わりに不動産の管理事業を引き継ぎました。空室を改善したり、修繕を計画的にしたりなど、賃貸事業を安定化させた功績は父以上だときょうだい皆が認めています。
それゆえに、自分の貢献度が高いと言って、自宅だけでなく、賃貸物件も含めて不動産は自分が全部相続すると言って譲りませんでした。そればかりか、母が浪費して父の財産を減らしたと言い、父の財産の半分を分けることに難色を示しました。その結果、母には金融資産の一部を分けるだけにしたいというのです。
調停では母や姉の意見は通らず、ほとんど兄の主張に押し切られた結果となったのです。これに姉は激高し、二人は絶縁。兄と姉は私を介してしか連絡を取ることはなくなりました。
私はとくに財産を欲しいという気持ちはなく、むしろ、争いに巻き込まれることに嫌気が差し、早々に相続放棄をしました。その後、兄は姉だけでなく、母とも15年間口を利かず、今回の母の葬儀のときも、世間体として長男という立場で喪主はしたものの、姉のことは完全に無視していました」
寺田さんは父親の財産は相続放棄した。しかし、母親の財産となると、話は別だというのが本音だ。同居する姉夫婦には及ばないが、寺田さん夫婦も協力して介護もしてきた。そうした自負もあって「母親の財産は姉と半分ずつ相続する」という気持ちでいたところ、姉から「母親の財産は父の会社の借り入れの連帯保証が残っているため、マイナスだから相続放棄をしたほうがいい」という思いもよらぬ言葉が出てきた。
そもそも兄の経営する会社の連帯保証を負うのは理不尽だし、マイナスが多いとなれば相続放棄するしかないと判断した寺田さんは、養子となっているいとことともに、相続放棄をした。
「その後、連帯保証をしていた借り入れはすでに返済が済んでいて、母の財産は預金が約1500万円、有価証券が約3000万円など約4500万円あることが判明したのです。私は相続放棄してしまったのですが、今後どうすればいいのでしょうか……。母は父の相続で大変な思いをしたにも関わらず、遺言書を作らなかったのです」
母親の財産がプラスであれば、寺田さんやいとこにも財産を受け取る権利がある。ところが、姉の説明を真に受け、その勧めに従い、相続放棄をしてしまった。しかし、姉の状況について調べると、当の姉は放棄の手続きはしていなかった。曽根さんは、財産の取り分を増やしたいということで故意に間違った説明をしたと考えられると指摘した。
「姉は一見、お金に対して鷹揚に構えているように見えますが、実はとても執着が強い。さらに輪をかけてお金にしがみつくのが兄です。怖いのは、兄が母の財産をめぐり父のときと同様に調停を始めてしまうことです。きょうだい間でお金のために争うのは、かなり消耗します。私はこの争いも避けて、自分も納得できる方法を取りたいのです。」
姉の口車に乗ってうっかり相続放棄してしまった寺田さんに、取り得る術はあるのだろうか?
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