文/柿川鮎子、写真/木村圭司

現在、犬はコンパニオンドッグとして、家族の一員となり、大切に飼育されています。しかし、歴史的にみれば、人は長い間、犬を便利に利用してきました。

狩りに便利な犬種が続々登場

特に、狩猟では犬の能力が存分に発揮されました。海外では狩猟民族がより多くの獲物を手に入れたいと考え、猟の目的に適した犬を作出しました。

獲物のありかを教えるポインターやセッター。穴にいる獲物を探すためのダックスフンドは頭が地面に近くなるよう、胴長短足です。

撃ち取った獲物を取ってくるために作出されたレトリバーは、獲物を拾って持ってくる時に、獲物を傷つけないようなソフトな噛み方ができます。

牛など大型の野生動物を狩るためには、なるべく噛みついたら離れない頑丈さが必要です。犬が噛みつきながら呼吸できるように、鼻を低く改良したのがブルドッグで、短頭種とも呼ばれます。

他にも「水場や湿地の猟に使う犬」、「崖に巣を作る鳥を狩るための犬」、「漁師が落とした魚を泳いで取ってくる犬」など、たくさんの犬種が作出されました。

ゆたんぽ犬や馬車犬も!

マルチーズは、フェニキア人がマルタ島に持ち込んだ犬が祖先と伝えられています。ギリシャからローマ、そしてヨーロッパへと渡ってきましたが、フランス人貴族の間では「ゆたんぽ」として愛用されていました。

抱くと犬の体温が温かく、また、ノミなど人間の体に寄生する害虫は、体温の高い犬へ移動します。温かいだけでなく、人の身体を保護してくれる役割ももっていました。

ショロイツクインツレも、南米のゆたんぽ犬でした。ヘアレスドッグで、毛がなく、特に触ると犬の体温が直接伝わってくるために、寒い夜はゆたんぽとして大人気でした。

馬車犬も作出されました。馬車が登場した時、馬車道を素早く安全に走らせるために、ダルメシアンが作られます。白と黒の目立つ毛色をもち、かなり長時間の走行に耐えられる犬種です。

ウエルシュ・コーギーは羊や牛を追うための牧羊犬として作出

犬を自然のまま利用した日本人

一方、日本でも猟に犬は欠かせませんが、犬種として作出されたのではなく、(闘犬など一部を除き)その土地の自然環境に適した犬が、長い時間をかけて犬種として固定された歴史があります。

日本犬の多くは秋田、四国、甲斐、紀州、高知、土佐など、その土地の名前が付いています。柴犬の柴は小さいという意味で、それも美濃柴や越後柴など、土地の名前がついていました。誰かが何かのために作った犬ではなく、普段からその土地にいた犬です。

奥深い地方の山村で、その土地の人々が大切にしてきた犬が純血を保ち、犬種として今に至るのが、日本の犬種です。自然発生的なもので、海外で目的をもって作出された犬種とは異なります

ご利益を得ようと利用した「参内犬」

日本人も特定の目的のために犬を利用しました。江戸時代、犬を使って、ご利益を得ようとしました。「参内犬」と呼ばれる犬は首に名札をつけて、伊勢神宮へ参内し、神宮につくとお札をもらって帰ってきました(司馬遼太郎も信じなかった犬の伊勢参り|お伊勢参り犬と同行した愛犬家大名・松浦静山の天晴れな生涯、https://serai.jp/living/355179)。

その当時、犬は「里犬」と呼ばれ、家庭から出る残飯をもらって、その地に住み着いていました。時々、子どもたちの遊び相手になる以外、特に役割はなく、人と自然に寄り添う生き物でした。

犬は集落をうろつき、のんびり生活していましたが、不審者が入り込むと猛烈に吠えて知らせる役割を担っていました。吉田松陰はこの里犬に渡航の邪魔をされています(犬で黒船に乗れなかった吉田松陰と、ペリーと一緒に海を渡った狆|犬をめぐる、不思議な歴史の物語、https://serai.jp/living/1019245)。

「犬イコール番犬」という図式は、日本人の意識に長く根付いています。一昔前まで、犬は玄関につながれて、不審者に吠えるのがよい犬でした。

「犬は吠える習性をもっているから、それを利用する」とは考えましたが、「もっとよく吠える犬が欲しい」と新しい犬種を作出する人はいなかったのです。

日本人の犬に対する独特の考え方

自然とともに生きてきた日本人は、自然を受け入れ、自然の恵みに感謝して生きてきました。同時に、自然の恐ろしさも知っていました。不自然なことを嫌い、自然に寄り添う生活を選択したのです。

犬も人の近くで生きている、自然の生き物でした。犬種を作出しなかった大きな理由は、こうした日本人の独特の文化と、農耕民族だった点が大きいと考えられます。

日本人は自らの欲望のために動物を作り上げて世に出す「作出」をしてこなかった、数少ない国民でした。犬に対する考え方が、根本的に海外と異なります。

現在、欧米では呼吸が困難になる短頭種を、もとの原種に戻そうという運動が始まっています。コロナ禍で、私たちは大きな転換期を迎えました。犬種作出の歴史からも垣間見える人間の欲望の行き過ぎを、修正する時が来たのかもしれません。

文/柿川鮎子 東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

写真/木村圭司

 

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