取材・文/坂口鈴香
井波千明さん(仮名・55)の義父母は二人暮らしをしていたが、相次いで認知症になった。さらに義母が硬膜下血腫で手術したのをきっかけに、井波さんの家の近くのサービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)に入居した。しかし入居後、義父母の認知症や、身体機能の低下が進んでいるのを感じている。
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責任がないから心が楽
井波さんは、夫や2人の義兄たちよりも一番義父母にかかわっている。物理的にもっとも動けるのが井波さんであるというのは事実なのだが、それでも実子である夫や義兄たちに、もっとかかわってほしいという不満はないのだろうか。
そう聞くと、井波さんはきっぱりと否定した。
「夫や義兄には何の不満もありません。もし義父母が実家で生活を続けていたら、私もつらくなって不満が出てきたかもしれません。でも今はサ高住に入っているので、私にとっても本当に楽なんです。ただ、おやつを持って会いに行くだけだし、今はコロナ禍でそれもできませんが。施設に呼び出されて、何か相談されても、判断は夫にしてもらいます。自分の親の介護とはまったく違います。責任がない分、心が楽なんですね」
井波さんがそういうのには訳がある。
「障害を持つ息子と、義父母とで、どちらに優先順位があるか。これは私の心の闇の部分になりますが、やはり息子が一番なんです。義父母には申し訳ないと思っています。自分の両親の介護をしていたときは、息子を犠牲にして、母を優先させることもありました。息子が行きたくないと言っているのに、ほぼ毎日母の施設に連れて行ったりとか。だから、夫や義兄に不満がないと言ったのも、自分がそれほどのことしかしていないということなんです」
遠くにいる兄弟はお金を出す
義兄たちも、決して知らん顔をしているわけではない。遠いなりに、気を遣ってくれているのがわかるのも、井波さんが義兄たちに不満を抱かないですんでいる理由のようだ。
「義兄たちは、このお正月もまとまったお金を置いていってくれました。義父母のお小遣いにさせてもらっています」
遠くにいて、義父母に何かあってもすぐに帰れない分、お金を出してくれる。これは兄弟介護で不公平感を持たないですむ一番の要因だろう。
ちなみに、サ高住にかかる費用は、家賃や食費、光熱費等で1人16万円。義父母はデイサービスなどの介護サービスも利用しているので、それらを合わせると約20万円になる。お金の管理をしているのは夫。井波さんはノータッチだという。
「義父母の年金と、足りない分は義父母の貯金から払っています。でも、このペースだと貯金はいずれ底をつくでしょう。その後どうしようかと思案しているところです。資金が続く間はここで生活してもらうつもりではいますが、足りなくなったらもっと安いところに移ってもらうか……。施設の資料を集めてはいますが、義兄たちにもまだ相談はしていません」
また義兄たちは、休みを利用して、そのままにしている実家の片づけもやってくれているという。というのも、去年までは盆と正月は義父母とも外泊手続きをして、義兄たちも集まって数日過ごしていたため、実家は処分せずそのままにしていたのだ。
「義兄が、実家を手入れするのに、わざわざ枝切りバサミや庭作業道具をかかえて、新幹線に乗って帰ってきたときはさすがに唖然としましたが」
井波さんもそうだが、義兄たちも親思いなのだ。これも井波さんの心を楽にしている大きな要因だ。
井波さんは話をしてくれながら、実親の介護で苦しんだ日々をかえりみた。
「あのころは、自分自身の心が整理できない苦しさがずっと続いていた気がします。親のことが心配、失いたくない。だから必死なのに、言うことを聞いてもらえない怒りや、心配のあまり親の生活を縛ってしまう罪悪感があり、いったい私は親のために良いことをしているのか、悪いことをしているのかわからなくなっていたんだと思います」
だから仕事でも介護でも責任がないのは楽、と繰り返した。
でも、細かな雑事のほぼすべてを引き受けてくれる井波さんがいるから、夫や義兄たちは最終決定をするだけですんでいるのだ。
夫も義兄たちも、井波さんへの感謝を言葉や形にしていますか?
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。