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文/印南敦史

芥川賞作家である『この先をどう生きるか 暴走老人から幸福老人へ』(藤原智美 著、文藝春秋)の著者は、2007年に『暴走老人!』というベストセラーを生んだことでも知られる。同書の結論は、「誰でも暴走老人になりうる」というものだった。

現在の私は還暦をすぎて、老後一歩てまえの、さしずめ「老前」とよべるような歳になりました。かつては遠い存在であった老人に、まさに自分がなろうとしているわけです。きっとその年齢のせいでしょう。一度封印したはずの「孤独で不幸な暴走老人」というイメージが頭から離れなくなりました。
やがて老人となった私は、いとも簡単に暴走したり、たえがたい孤立に追いこまれたり、生きがいのないつまらない生活をおくるようになるかもしれない。そんな不安をどこかで感じていました。(「まえがき 生きがいのある老後に必要不可欠なもの」より引用)

ところが、「人生100年時代」というキャッチフレーズとともに巷にあふれるのは、若者のように元気な老人のイメージばかり。「孤独は怖くない」というようなメッセージを目にすることも少なくない。

しかし著者は、メディアが打ち出すそうした老人像に困惑させられるという。精神的に充実した老後を送るのは、そう簡単なことではないという思いがあるからだ。共感できる人は、決して少なくないのではないだろうか。

とはいえ、いつまでも戸惑い、怯えているわけにもいかない。そこで著者は多くの人から話を聞き、それをもとに日本人の「老前」と老後を考えてみることにしたという。

すると、老後への戸惑いや不安を自分なりに克服できたそうだ。つまり本書では、その過程を記しているのである。

ところで、そんな本書の第五章「生まれ変わるためのリボーン・ノート」においては、本音を文章としてノートに書き留めることの重要性が説かれている。なぜ、そうしたものが必要なのか? 理由は次のとおりだ。

人は言葉を受け止めてくれる他者を必要としています。その言葉とは建前をいっさい排した本音です。人間関係がSNSのつながりだけという人が、不安や孤独感を抱えてしまうのは、本音を受け止めてくれる人がいないからです。(143ページより引用)

たしかにSNSは、その人の生の言葉や本音をつづるべきメディアではない。生々しい本音を吐露したりしたら、見た人から敬遠されてしまうだけだ。したがって、“炎上”を避けるという意味合いからも、ことばの表現は抑制的なものになりがちである。

また同じように、リタイアして人づきあいが途絶えた人にも、本音をやりとりする機会はない。夫婦二人暮らしだったとしても、会話が途絶えた関係であれば同じこと。家の外に人間関係のない家庭であれば、閉塞感はさらに高まるだろう。

そのような場合、閉塞感を打ち破る最良の方法が、「ペンを使って文字をつづること」だというのである。つまり、本音は紙が受け止めてくれるのだ。

書くことは頭を使います。それは、書いた言葉をすぐさま吟味し、つぎの言葉につなげるという思考の作業だからです。冷静に考えなければ文章は書けない。
一方、話し言葉は思考的であるより感情的です。口からはき出された言葉を、そのつど吟味したり、検証することはしません。
書くことは話すことよりも、人を冷静に知的にします。その知的な行為がそのときの気持ちを変えたり、新しい考えを生みだす契機になるのです。(本書144ページより引用)

いわば、書くという行為が自己との対話になるのである。

生きている限り人は誰しも、吐き出したいことばや思い、考えなどを常に抱えているものだ。したがって、それらをため込んだままでいると、どんどん苦しくなっていく。

だから気持ちをぶつけるコントのできる相手が必要となるのだが、そうした生身の相手を見つけるのはたやすいことではない。定年後となると、さらに人気関係は希薄になるのだから、なおさら難しくもあるだろう。

しかし紙は言葉になった気持ちを受け止めてくれます。ほしいのは慰めの言葉ではありません。気持ちをはき出す機会がほしいのです。(本書145ページより引用)

重要なポイントはここだ。たしかに慰められたいわけではなく、吐き出したいだけ。だから、日常的に自分のことば(本音)を吐き出す機会が必要だということである。

もしピンとこなかったとしても実際に書き始めてみれば、やがてそのことに気づくだろう。ましてや誰かに見せる必要もないのだから、吐き出せばいいのだ。

書くことは、一人でいることが多く、他人にことばを発する機会が少ない人にこそ必要だと著者も言う。なぜならそれは、「自己との対話」にほかならないからだ。

なるほど、書けば孤独感は薄らいでいくことになるのかもしれない。言い換えれば、書くことによって救われるのである。

しかも、難しいことではない。必要なのは紙とペンだけなのだから、試してみる価値はありそうだ。

『この先をどう生きるか 暴走老人から幸福老人へ』

藤原智美 著
文藝春秋
定価:本体1,200円+税
発売日:2019年01月

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。2020年6月、「日本一ネット」から「書籍執筆数日本一」と認定される。

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