奈良市西ノ京(にしのきょう)町にある薬師寺の国宝・東塔(とうとう)。その塔の上部を飾る水煙(すいえん、雷や火災から塔を守るという祈りを込めた装飾物)には24人の飛天が透かし彫りされ、芸術的完成度が非常に高い。
その飛天は、ずっと女の飛天、つまり天女と一括されてきた。それに対して中国美術の研究家・小杉一雄(1908~98)は、男の飛天である天男(てんなん)も彫られていると新説を唱えた(天男は小杉の造語)。
小杉は、まず飛天のルーツを古代のインド彫刻に探った。その結果、全裸の天男天女が数多く彫られていることを発見。それが中国に伝わり、中国最古の仏教遺跡、敦煌(とんこう)でも天男天女が壁に描かれていることが分かった。
ただし敦煌の天男は全裸、天女の下半身は長い天衣(てんね)で覆われている。そしてやや時代が下る雲崗(うんこう)石窟を見ると、天男天女とも衣をまとい、しかも天男は天女よりも大きく描かれている。
さらに笛などを吹く奏楽(そうがく)の飛天は天男であることも分かった。そこで小杉は、飛天は個々にではなく、天人族とでもいうべき飛天の一族として描かれていることに気がついた。
では、薬師寺水煙の飛天はどうなのか。
薬師寺の水煙(すいえん)は、銅造鍍金(ときん)。重さは400kgほど。同じ形のものが4枚あり、それらが十字形に組まれている。
4枚の表裏には透かし彫りが施され、1面ごとに3人の飛天が配されている。それが表裏にあるので1枚当たりの飛天の数は6人。従って水煙の飛天の総数は6人×4枚=24人となる。ただし、表面・裏面とも同じ型から起こされている。
この24人の飛天は、これまですべて女性、つまり天女と思われていた。というより、我が国では飛天=天女という固定観念ができ上がってしまったのだ。
それに対して小杉は、各面の3人の飛天が天男(てんなん)・天女・天童(子供の飛天)の組み合わせであることに気がついた。つまりこの水煙には、天人一族が舞っているのだ。
小杉の考証によれば、一番上の飛天が天童、中央が天女、そして下の笛を吹いているのが天男となる。奏楽(そうがく)は、古代中国では天男の仕事だったのだ。
インドで生まれ、中国を経由して日本に飛来した天人一族。彼らは奈良の西ノ京(にしのきょう)に舞い降り、親子団欒(おやこだんらん)を楽しみながら、空にそびえたつ塔の安全を見守ってきたのだ。
文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。
※本記事は「まいにちサライ」2013年10月3日掲載分を転載したものです。