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Persian women portrait traditional dress

正倉院の宝物のひとつに「鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)」がある。中国唐時代の美女を描いた6枚1対の屏風絵で、東大寺を建立した聖武天皇(しょうむてんのう)遺愛の宝物だった。

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ずいぶんふくよかだが、体形は5頭身くらい。しかしこれが盛唐(せいとう)時代の美人の典型だった。このむっくり型美人のモデルは楊貴妃といわれているが、さらにそのルーツを探ると「胡姫(こき)」と呼ばれたペルシャ系の美人にたどりつく。

唐の都、長安は当時の国際都市。酒場では多くの胡姫が客の相手をし、それを目当てに貴公子たちが馬に乗って通いつめた。

実はこうした時代ごとの美人像が、仏像の表現に深い影響を与えているのだ。とりわけ菩薩像にその痕跡を見ることができる。

本来の菩薩像は出家する前のブッダ、つまりシャーキャ族の王子時代の姿をモデルにしたものだが、中国では女性像として造られるようになった。

そこで唐時代の仏像を見ると、「鳥毛立女屏風」の女性のようにふっくら型が多い。しかし唐以前に仏教が栄えた北魏(ほくぎ)の仏像を見ると、顔は面長、口元に微笑をたたえ、肉体の起伏や腰のひねりなどはあまり見られない。つまり物静かな雰囲気が多いのだ。

この北魏と唐の違いは、日本の古代の仏像を見るといっそうはっきりする。

奈良を代表する法隆寺と薬師寺に薬師如来(やくしにょらい)座像が安置されている。同じ薬師仏だが、そのデザインはまったく違うといってもよい。

法隆寺の薬師如来は、光背(こうはい) の銘により推古天皇15年(607)の造立とされる。顔は面長、着衣は厚手。座っている台座は宣字座(せんじざ)といい、そこに垂らされた裳裾(もすそ)の文様はほぼ左右対称。

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一方薬師寺の薬師如来を見ると顔はふくよかな感じ。着衣は薄手で身体にぴったりと付着。裳裾のデザインは左右対称が崩れ、自由闊達な感じがする。同じ薬師仏なのに、どうしてこんなに違うのか。

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実は日本の古代の仏像は、中国の仏像を手本にして造られた。その中国では、北魏(ほくぎ・386~534)の時代に仏教が大いに栄えた。北魏の仏像は主にインドのガンダーラ仏を手本にした。さらにそのガンダーラ仏は古代ギリシャ彫刻の影響を受けていた。法隆寺の薬師如来は、この北魏様式に連なるものだ。

ところがインドではガンダーラ様式のあとに、いわばインド独自といえるグプタ様式の仏像が完成した。それをどっと受け入れたのが唐の仏教である。薬師寺の薬師如来はこの唐の様式、つまりグプタ朝の仏像に連なっている。

こうして同じ薬師仏なのに、大きな違いが生じてしまった。一口に仏像といっても、その背景には当時の世界の文化状況が隠されているのだ。

文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

※本記事は「まいにちサライ」2013年10月17日と10月24日掲載分に加筆・転載したものです。

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