■この3本が、使って満足する手頃感満載の万年筆
パイロット「カクノ」、プラチナ「プレジール」、セーラー「ふでDEまんねん」。万年筆の造詣に深く、400本のコレクションを持つ画家、古山浩一さんも、「万年筆の奥深い世界を最初に体感するのに最適」とすすめる3本です。それぞれに書きやすさを追求した、個性が際立つ製品です。順に紹介しましょう。
①パイロット「カクノ」・・・技術の粋を結晶させた子ども向け万年筆
「はたして子どもが万年筆を使うだろうか……?」 パイロット社内でこんな懸念の声はあがりましたが、商品企画を手掛ける高筆企画グルーブ主任の斉藤真美子さんは、当初のコンセプト「小学生向け万年筆」を貫き通しました。欧州と違い、日本では小学生から万年筆を使う習慣はありません。そもそも市場そのものが存在しないのです。
「それまで、若い世代が潜在的に万年筆に興味を抱いていることは実感していました。さらに低価格モデルのプロジェクトとして、小学生にターゲットを絞ればインパクトが強く、製品コンセプトがぶれないと考えました」(斉藤真美子さん)
ステンレス製のペン先以外はすべて樹脂製にし、機種によっては20パーツからなるところを極限の6パーツまで減らしました。それでも、ペン先にはペンポイント(摩耗を防ぐためペン先の先端に付ける金属)を付け、ひとつひとつ人の手で研(と)いでいます。
「ペン先は万年筆の命ですから譲れません」と言うのは、営業企画グループ広報の田中万理さん。1000円の低価格モデル「カクノ」は、ある意味で技術の粋を結晶させた万年筆なのです。
小学生向けと謳(うた)っている「カクノ」には様々な工夫が詰まっています。
まず、キャップにクリップはありませんが、転がり防止の突起と誤飲窒息防止の穴が付けられました。引き抜き式のキャップなので、手がかりになる窪みもあります。軸は鉛筆でなじみのある六角形で、グリップは正しい持ち方ができるように三角形。その持ち方でペン先を見ると、笑顔マークが見えます。万年筆を握ったとき、この笑顔が見えなければ、万年筆を正しい向きに持っていないというわけです。
実際に使ってみると、三角形のグリップに自然と指が落ち着き、ペン先も軟らかく感じるほど書きやすく、文字を書いているうちに不思議と気持ちがなごんできます。細部にわたって熟考された「カクノ」は、子どもばかりではなく、大人にとっても使いやすい万年筆なのです。
②プラチナ「プレジール」・・・万年筆の弱点を克服した逸品
万年筆の原語はFountain Pen。Fountainとは水源、噴水のことで、“泉のようにインクが湧き出るペン”の意味です。紀元前2400年頃、エジプトの葦ペンから始まった筆記具は、7世紀初頭から18世紀まで1000年以上も羽根ペンが使われました。それ以後、金属ペン先や軸の素材開発などが進み、1883年にルイス・エドソン・ウォーターマン(アメリカ)が毛細管現象を応用した世界初の革命的な万年筆を発売。これが、現在の万年筆の基となっています。
そして2010年、万年筆最大の弱点といえる「放置後のインク詰まり」も解消されました。プラチナ万年筆が開発した「スリップシール機構」によってです。
「万年筆にインクを補充したまま半年近くも使わずにおくと、インクの水分が蒸発して乾燥し、スムーズにインクが出てこなくなります。これは致命的なウィークポイントでした。ところが、ペン先を包み込んで密閉するスリップシール機構で、たとえ1年間未使用でも、さらっと書き出せるようになりました」(プラチナ万年筆企画部・山新田政秋さん)
この優れたシステムは、インク乾燥防止と同時に、キャップを開けたとたんにインクが吹き出る現象も防げるといいます。
驚くことに、1000円の万年筆「プレジール」にも、この画期的なスリップシール機構が搭載されています。
たまには万年筆で文字を書こうとしたとき、インクがかすれると気持ちが萎えてしまうもの。ペン先を水洗いするのも面倒と、再び仕舞い込んでしまったりすることもありました。その点、「プレジール」ならいつも滑らかな書き味が約束されているわけで、頼もしい万年筆でもあります。
③セーラー「ふでDEまんねん」・・・ひとつのペン先が生み出す多彩な字幅
いささか奇妙なネーミングの万年筆「ふでDEまんねん」は、ふたりの“万年筆愛好家”が出会って生まれました。ひとりは、万年筆の神様と称された「セーラー万年筆」ペンクリニックの職人・長原宜義さん(1932~2015)。もうひとりは、前出の万年筆画家の古山浩一さんです。
万年筆で絵を描きたい、それには線に強弱を付けられるペン先が欲しいという古山さんの要望に、様々なペン先を試行錯誤していた長原さんは、わずか2日間でペン先を調整。1本のペン先で字幅の違う線が描ける万年筆を古山さんに手渡しました。一年後の完成を夢見ていた古山さんはその迅速さに驚き、そのうえ筆記角度を微妙に変えるだけで字幅がダイナミックに変化する長原さんの高度な技に驚嘆したといいます。
こうしたふたりの出会いから数年後、1995年に「ふでDEまんねん」は商品化されました。
漢字のトメ、ハネ、ハライは筆だからこそ書けるフォルムですが、先端が反り上がった大きなペン先はまるで筆先のような働きをします。「筆みたいに書けるんよ。 “筆でまんねん”」と広島弁の長原さんが発した言葉がそのまま商品名となり、それにも驚いたと、古山さんは振り返ります。
「じつは、『ふでDEまんねん』のペン先にはペンポイントが付いていません。そのため研(と)ぎではなく、表面を滑らかにする作業を行なっています。筆のような文字が書ける万年筆として、ボディも筆のように長いデザインです」(セーラー万年筆企画部 広報・マーケティング担当・友野絢香さん)
ペン先にペンポイントが付いていないからこそ、軸を立てて書くと細字に、寝せると太字にと、字幅がおよそ0.5ミリから5ミリくらいまで縦横無尽の線が引けるわけです。
金属のペン先が、獣毛の筆先のような自在な線を生み出す不思議。万年筆職人の優れた技が結晶した万年筆は、漢字にも絵画の描線(びょうせん)にも向いているという、異彩を放つ筆記具なのです。
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