文/池上信次

ジャズマンが集結した、非ジャズ・ミュージシャンのセッション」の続きです。今回は、日本の「歌謡曲」のアルバムから。

1970年代初頭に日本の歌謡曲界(当時はまだJ-POPもニュー・ミュージックという言葉もなかったので歌謡曲とまとめてしまいますが)に大きな動きがありました。新しいサウンドを求め、「海外録音」を積極的に行なったのです。たとえば、五輪真弓(72年:ロサンゼルス)、森山良子(69年:ナッシュヴィル、73年:ロンドン)、赤い鳥(70年〜72年:ロンドン、ロサンゼルス)、井上陽水(73年:ロンドン、74年:ロサンゼルス)、フィンガー5(76年:ロサンゼルス)、山口百恵(77年:ロンドン、79年:ロサンゼルス)などがありますが、多くは当時のポップスの中心地であるロサンゼルスとロンドンで、ジャズ系ミュージシャンの参加はほぼ皆無でした。そんな中、「ロサンゼルスとニューヨークのジャズ・ミュージシャン」に目を向けた歌手がいました。野口五郎です。

1971年にデビューした野口五郎は、(後述のデビュー作を除く2作目から)あっというまにテレビで人気を獲得した「アイドル」でしたが、ギターも演奏しラリー・カールトンのファンと広言する、その枠に収まらないミュージシャンでした。そしてその音楽指向をはっきりと打ち出したのが、76年リリースの『GORO In Los Angeles/北回帰線』(ポリドール)でした。バックの名義は「ロサンゼルス・オリジナル・サウンド・オーケストラ」となっていますので、大きな扱いではありませんが、ラリー・カールトン(ギター)、ディーン・パークス(ギター)、トム・スコット(テナー・サックス)、アーニー・ワッツ(アルト・サックス)、ジム・ゴードン(ドラムス)らロサンゼルスの名手たちがしっかりとクレジットされています。そこでカールトンの演奏にふれた野口は大きな刺激を受けたのでしょう、帰国後すぐに『ときにはラリー・カールトンのように』(ポリドール)を録音。タイトル曲では野口は歌のみならず「カールトンのように」ギターをたっぷり弾いています(カールトンは参加していません)。

そしてロサンゼルでの強力なサウンドに手応えを感じてたであろう野口は、翌年ニューヨークに飛び、『GORO IN NEW YORK/異邦人』を録音します。「ニューヨーク・スーパー・セッション」と名付けられたそのバック・ミュージシャンは、デヴィッド・サンボーン、ランディ&マイケル・ブレッカー、ウィル・リーらが参加し、帯にも名前が記されています。野口抜きインスト・トラックも1曲あったりと、明らかにこのメンバーをフィーチャーするのが目的であることがわかります。

野口五郎『GORO IN NEW YORK/異邦人』(ポリドール)野口五郎『GORO IN NEW YORK/異邦人』

演奏:野口五郎(ヴォーカル)、ランディ・ブレッカー(トランペット)、ジョン・ファディス(トランペット)、ジョー・ファレル(フルート)、デヴィッド・サンボーン(アルト・サックス)、マイケル・ブレッカー(テナー・サックス)、ジョン・トロペイ(ギター)、デヴィッド・スピノザ(ギター)、ウィル・リー(ベース)、トニー・レヴィン(ベース)、アンディ・ニューマーク(ドラムス)、筒美京平(編曲・指揮・プロデュース)
録音:1977年
初発売時のLPには『ニューヨーク・リポート』というソノシートがついており、野口五郎が、参加ミュージシャンがいかにすごい人たちなのかを熱く語っています。

野口のサウンド指向はさらに続きます。翌78年には再びロサンゼルスで『L.A. EXPRESS/ロサンゼルス通信』(ポリドール)を録音。バック・バンド名はニューヨークと対をなす「L.A.スーパー・セッション」で、カールトンはいないものの、リー・リトナー、デイヴィッド・T・ウォーカー(ギター)らが参加。さらにリック・マロッタ(ドラムス)、ゲイリー・キング(ベース)、サンボーンのニューヨーク勢も参加するという、看板に偽りありの豪華版でした。翌79年もロサンゼルスで再びカールトンもフィーチャーして『ラスト・ジョーク』(ポリドール)を録音(ここでもサンボーンが参加)。そして一連のスーパー・セッションの最後をしめくくったのが、80年東京でのライヴ録音『U.S.A. STUDIO CONNECTION』。MCによれば録音されたのはツアー最後の7回目のステージとのことで、たんなるセッションではなくコンビネーションも素晴らしいバンドとなっています。メンバーの顔見せインスト曲もあり、ヴォーカルが浮いてしまうほどゴキゲンなジャズ・フュージョン・サウンドが随所で展開されています。

野口五郎『U.S.A. STUDIO CONNECTION』(ポリドール)

野口五郎『U.S.A. STUDIO CONNECTION』

演奏:野口五郎(ヴォーカル、ギター、三味線)、デヴィッド・サンボーン(アルト・サックス)、ドン・グロルニック(キーボード)、デヴィッド・スピノザ(ギター)、ワディ・ワクテル(ギター)、トニー・レヴィン(ベース)、リック・マロッタ(ドラムス)ほか
録音:1980年3月27-30日
この「スタジオつながり」メンバーのほか、日本の精鋭ホーン・セクションとコーラスが参加した豪華ステージの記録。写真は2枚組LPのジャケット。現在は当時カセットテープで出ていた、曲数がLPより2曲多い「完全収録盤」がCDで復刻されています。

このように5年ほどの間に、野口五郎はロサンゼルスとニューヨークの当時先端のジャズ・ミュージシャンを総動員していたのでした。これはジャズ・ミュージシャンでは成し得なかった偉業ともいえることではないでしょうか(渡辺貞夫をのぞく)。また、ジャズを意識していないリスナーにもジャズを広めたという功績も大きかったと想像します。残念ながらジャズ・ファンからはあまり注目されることはなかったようですが、それもある意味当然で、ジャズ・ミュージシャンを大フィーチャーしているからとはいえ、主役はあくまで野口五郎なのですから。それを端的に表わしているのが、『U.S.A. STUDIO CONNECTION』でデビュー10周年記念ということで演奏された、野口のデビュー曲「博多みれん」。これは野口がMCで「彼らがはたしてこの譜面を演奏してくれるだろうか……」と心配するほどの強力な「ど演歌」なのでした(野口は演歌歌手としてデビューするも売れず、2曲目でアイドルに転身)。典型演歌ギターや「泣き」のサンボーンなど、これはこれで彼らの実力を知る貴重な演奏であることには違いないのですが……。

こうして80年代に入ると歌謡曲の海外録音も「スーパー・セッション」も珍しくなくなり、歌謡曲、そしてジャズもまた次の時代に移っていくのでした。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。先般、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ001/マイルス・デイヴィス絶対名曲20 』(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz/)を上梓した。編集者としては、『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/伝説のライヴ・イン・ジャパン』、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)などを手がける。

 

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