文/池上信次

前回の流れで「ライヴ盤」ネタです。前回触れたように、ライヴ・アルバムは「記録」でもありますが、当然「作品」であることが優先されるので、収録に際して演奏が部分的にカットされることは珍しくありません。よく知られているエピソードですが、カウント・ベイシーの1956年録音の傑作ライヴ『ベイシー・イン・ロンドン』(ヴァーヴ)が、じつはスウェーデン録音だったというような、録音場所や日時のウソまたは誤りもあったりしますが、ライヴとわざわざ謳っているわけですから、少なくとも観客の前での演奏、つまり「やり直しがきかない=ありのままの演奏」ということが言外の大前提になっています。そこがジャズの大きな聴きどころであるからです。しかし、なかには「じつはライヴではなかったライヴ盤」というものも存在します。それも「ライヴの名盤」として高い評価を得ていたものなのに……。

ペギー・リー『ビューティ・アンド・ザ・ビート』(キャピトル)

ペギー・リー『ビューティ・アンド・ザ・ビート』(キャピトル)

そのひとつが、ペギー・リー(ヴォーカル)がジョージ・シアリング(ピアノ)のグループと共演した『ビューティ・アンド・ザ・ビート』(キャピトル)。オリジナルLPのジャケット表面には「Recorded live at …(略)in Miami, Florida」と記され、裏面には、「1959年5月29日、マイアミで2500人のラジオDJを集めて行なわれたコンヴェンションでのステージの演奏」と記されています。レコードには演奏にかぶる大会場の盛大な拍手も収録され、ペギーや司会のMCもじつにいい雰囲気を作っており、「ジャズ・ヴォーカルの『ライヴ』」として人気が高いレコードでした。しかし……。

このレコードは1987年に日本で(おそらく世界初の)CDが発売され、その後も人気盤ゆえ何度も再リリースされていますが、録音日がなぜか1959年4月28日になっていたり、メンバーの記載が違っていたり(92年リリースのヴァージョンで訂正されたようです)と、データはあまり信頼のおけないものだったのですが、もっと驚いたのが、2002年リリースのリマスター盤はなんと「拍手のない音源」だったのです。リハーサルなどの別テイクではなく、「ライヴ」と同じ演奏ですから、つまりこのアルバムはスタジオ録音に、残響や拍手等をかぶせた「疑似ライヴ盤」だったことがわかったのです。

この真相といきさつは2003年リリースのアメリカ盤の、再発プロデューサーのマイケル・カスクーナによる解説にまとめられています。初発表からからなんと40余年後、ペギーの関係者からの連絡でこのレコーディングの詳細がわかったというのです。ペギーたちはコンヴェンションでライヴ録音する計画だったのですが、当日は機材不調のため録音はできず、翌日もライヴに出演したものの(コンヴェンションは3日間あった)録音はせず、結局スタジオで録音し直したということでした。その情報にもとづいて調査したところ、倉庫からスタジオ録音のマスターテープが発見され、真相「告白」リリースとなったというわけです。録音日が諸説あるのは当時の記録が不正確だったためで、その解説では5月28日から30日の間の複数回のセッションだろうと結論づけています。

というわけで、このアルバムの「ライヴとしての評価」は、前提が成り立たないということになってしまいました。現在リリースされているCDはスタジオ録音ヴァージョンなのですが、最初からこれだったら、素晴らしい演奏であることは変わりありませんが、評価の方向性は違うものになっていたことでしょう。ちなみに、日本盤のジャケットはオリジナル主義なのでどちらのヴァージョンもオリジナルのままですが、アメリカ盤は「Recorded Live At …(略)In Miami,Florida」の部分が、「…Original Studio Session Tapes」と変わっています。あえて「疑似ライヴ・ヴァージョン」探索の際は、ここに注目してください。

ペギー・リー『ビューティ・アンド・ザ・ビート』(キャピトル)

ペギー・リー『ビューティ・アンド・ザ・ビート』(キャピトル)

演奏:ペギー・リー(ヴォーカル)、ジョージ・シアリング(ピアノ)、トゥーツ・シールマンス(ギター)、レイ・アレキサンダー(ヴァイブラフォン)、カール・プルイット(ベース)、レイ・モスカ(ドラムス)、アルマンド・ペラザ(コンガ)
録音:おそらく1959年5月28〜30日

※ジャケットはアメリカ盤のもの。本稿冒頭のジャケットはオリジナルLP(=日本盤CD)のものです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。先般、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ001/マイルス・デイヴィス絶対名曲20 』(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz/)を上梓した。編集者としては、『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/伝説のライヴ・イン・ジャパン』、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)などを手がける。

 

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