文/池上信次
「編成で聴くジャズ」の今回はデュオの3回目。「ヴォーカル+楽器」のデュオを聴いていきましょう。一方がヴォーカルだと、もう片方は「伴奏」のように見られがちで、実際そういう役割分担での演奏もありますが、それではジャズとしては面白くありません。実際にはヴォーカルがテーマを歌うことがほとんですから、ヴォーカルが目立つのは当たり前なのですが、共演者は伴奏ではなく、ヴォーカルと対等で、ともに音楽を作り上げるという姿勢があるかどうかが、「ジャズのデュオ」のジャズたるところなのですね。
「ヴォーカル+楽器」の組み合わせはさまざまあり、今回は「ヴォーカル+ギター」を紹介します。同じ組み合わせでもまるで違うサウンドの3組です。
(1)エラ・フィッツジェラルド&ジョー・パス『エラ&パス・アゲイン』(パブロ)
演奏:エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、ジョー・パス(ギター)
録音:1976年1〜2月
エラはジャズ・ヴォーカルの代名詞。ジョー・パスは生涯に10作以上のソロ・ギター・アルバムを作った「ソロ・ギター」の大名人。そのエラとパスが組んでいるのですから悪いはずがないのです。案の定、アルバムは大好評で1973年の『テイク・ラヴ・イージー』に始まり、スタジオ作4枚、ライヴ作1枚を作ったのですが、その理由はけっして上手さ・技術だけではないでしょう。
エラが残したデュオ・アルバムの相手はジョー・パスだけではありませんでした。そもそも1950年のエラのファースト・アルバム『シングス・ガーシュウィン』(デッカ)、そして1954年の2枚目『ソングス・イン・ア・メロー・ムード』(デッカ)は、ともにピアノとのデュオだったのです。ピアノはいずれもエリス・ラーキンス。エラは最初から「デュオの人」でもあったのです。ラーキンスとの演奏もよいのですが、パスとの演奏とのいちばんの違いは「距離感」でしょう。もちろんピアノとギターという楽器の特性もあるのですが、エラとパスはもうホントにくっついて演奏しているかのような近さ、親密感があります。そこにさらに技術が加わって、絶妙としか言いようのない「呼吸」が生まれているのですね。このアルバムの「ワン・ノート・サンバ」でのエラのスキャットとパスのからみは、もう「相性のよさ」なんてレベルを超えて、お互いにツーと言う前にカーと答えているみたい。「1+1」だけど、一体化して「1」のよう。このアルバムは発売当時、グラミー賞のベスト・ジャズ・ヴォーカル・アルバム賞を受賞しました。
(2)タック&パティ『ラヴ・ウォーリアーズ』(ウィンダム・ヒル)
演奏:タック&パティ[タック・アンドレス(ギター)、パティ・キャスカート(ヴォーカル)]
発表:1989年
タック&パティは1988年デビューの夫婦デュオ。これまでにベスト盤を含めて10枚以上のアルバムを発表し、現在も活動中です。これから初めて聴くのであればこの『ラヴ・ウォーリアーズ』をお勧めします。デビューから2作目だから遠慮なくデュオのスタイルを出したのでしょう、ジャズ・スタンダードから、ビートルズ、ジミ・ヘンまでが並列する意欲作です。ふたりの技が炸裂する「オン・ア・クリア・デイ」はとくにお勧めです。
パティのヴォーカルは、存在感のある太く低めの声で、ジャジーなスキャットはエラ・フィッツジェラルドの流れをくむ王道スタイル。一方のタックのギターが作るサウンドはジャズですが、演奏スタイルは比較する人がいないほど独特なもので、ベース・ラインとコードを同時に弾き、なおかつ弦を叩いてリズムまで出すという感じですね。使用楽器はフル・アコ(ジョー・パスと同じタイプ)にもかかわらず音色はブライトでシャープ(パスとはまるで反対)。まずはこの唯一無二のギターがデュオを特徴づけています。というか、じつはタックはジャズ・ミュージシャンにはめずらしい、セッション活動がほとんどない人なのです(ソロ・ギター・アルバムは1枚あり)。ですからタックのギターは「タック&パティ」でしか聴けません。パティも同様に「タック&パティ」でしか歌いません。つまり、タック&パティは「1+1」なのですが、不可分の「2」なのです。
(3)シリル・エイメー&ディエゴ・フィゲレイド『ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス』(ヴィーナス)
演奏:シリル・エイメー(ヴォーカル)、ディエゴ・フィゲレイド(ギター)
録音:2010年5月27、28日
ヴォーカルのエイメー(エイミとも表記される)は、1984年生まれのフランス育ち。2007年には「モントルー・ジャズ・フェスティバル・コンペティション」で優勝、2013年には第1回「サラ・ヴォーン・インターナショナル・ジャズ・ ヴォーカル・コンペティション」で優勝という実力派。
このアルバムは、ギターのフィゲレイドとのデュオの2作目で、「ティー・フォー・トゥ」「インヴィテーション」などのジャズ・スタンダードやボサ・ノヴァの名曲「サンバ・エン・プレリュード」、そしてグローヴァー・ワシントン・ジュニアの大ヒットであるタイトル曲の「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」まで演奏しており、時代とジャンルの壁がない、幅の広さがこのデュオの特徴といえるでしょう。ヴォーカルは曲によって英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語で歌われており、言語による響きの違いも表現の武器としているよう。また「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」や「ペイパー・ムーン」で聴かせる余裕しゃくしゃく、軽々と飛び回るスキャットも素晴らしい。そのフレイズは「今」の時代を感じさせる楽器的なもの。ギターのフィゲレイドはブラジル出身で、ガット弦のアコースティック・ギターを使用して、ブラジルのイメージを漂わせつつも、超絶的な「ジャズ」ギターを聴かせます。まさに感覚も技術も「最新型」のヴォーカルとギターによるデュオといえるでしょう。無理していえば「1+1」>2という感じ?
※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。