戦う城から、政治の城、平和の象徴への転換

千田 それから面白いのが、愛知県の名古屋城も大天守と小天守、そして幻の3つ目の小天守を造る計画を、家康が最後に決断して止めました。その後、秀忠が造った大坂城も単立の天守、そして江戸城も次の秀忠の時になると、連立式の天守ではなく大天守だけで、3代家光の時も大天守だけを建てました。一度、凄い城を造ったのに家康とその後の将軍は、過剰な軍事拠点は意図的にやめていったことが見えてきました。当初は戦う城として江戸城を造りましたが、家康自身が名古屋城でもうひとつの小天守を造るのを止めたように、戦う城ではなく政治の城、平和な時代の象徴としての天守に切り替えていったのです。

門井 江戸城は明暦の大火の時に灰になって、その時に自ら軍事力をダウンさせて、軍事的権威ではなく、行政的権威で統治しようと、自分のところの天守も造りませんでした。天守をもう造らないと言ったのは、家康の孫の保科正之ですから、築城という点ではこの時代になると敵味方はなくなっていたのだと思います。そのように考えていくと、平和な時代というのは急速に来るのだと思います。民衆の方でも軍事の力ではなく、政治の力の方に好んでついていく、気風があったのでしょう。その裏付けになるのが建築システムであり水運のシステム、労働賃金システム。それらシステムは高度な論理性を持ってますから、目的はない。システム自体が独立して次の世代に継承されていったのだと思いました。

千田 武家諸法度で各地の城の増改築は許さないという法律を制定しましたので、凄く規制しますが、法の施行者である江戸幕府は関係なく増改築をし続けました。だから江戸城はどんどん変わっていきます。時代ごとの特色を追えるのも江戸城の魅力です。

門井 それから家康の江戸の改修では上水道の整備に力を入れています。神田上水は江戸の西側の井之頭公園から引っ張ってきて、最終的には江戸城内に引き込んでいます。江戸に人を住まわせるため飲み水は必須の問題でした。水源の井之頭から関口までは開渠で水を流し、関口に大きなプールを造り一度そこで止めて、そこからは暗渠でした。水道橋という地名はその施設の名前から誕生してきたのです。この神田上水は江戸時代260年間の最後まで機能していました。この水路を開いたのは凄いことですが、一方ソフトパワーといいますか行政側も凄く気を使い上流の方で水を汚されないためにいつも草をきれいに刈っておくようにとか法令を作ったのですが、一番極端なのは身投げを禁止したことです。水が汚れることもありますが、より重要なのは精神的なものでしょうね。江戸市中での上水道の維持費は、武家屋敷なら石高に応じて、町人地なら間口に応じて、税金を取ってまかないました。このようにシステマチックに制度を作り、江戸の260年間は水道保持の歴史だといっても過言ではないようです。

千田 家康から秀忠、家光と天守は単純化していくのですが、実は家康自身がそういう方向を決断していた。次はそちらの方向だと考えていたのです。秀忠も、家光も神君家康が造ったものを壊していったのではなく、それがこれからの江戸城のあるべき姿だと、家康がたどり着いたポリシーを受け継いで実行したのだと思います。

門井慶喜

門井慶喜 1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒(文化史学専攻)。2003年に「キッドナッパーズ」で第42回オール讀物推理小説新人賞を受賞。2015年『東京帝大叡古教授』が第153回直木賞候補となる。2018年、『銀河鉄道の父』で第158回直木賞を受賞した。

千田嘉博

千田嘉博 1963年生まれ。城郭考古学者。大阪大学博士(文学)。奈良大学文学部文化財学科教授。各地の中・近世の城郭の発掘調査、整備に関わる。主な著書に『真田丸の謎』(NHK出版新書)、『信長の城』(岩波新書)、『江戸始図でわかった「江戸城」の真実』(宝島社新書)などがある。

取材・文/髙橋伸幸 撮影/鈴木誠一

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