夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。水曜日は「クルマ」をテーマに、CRAZY KEN BANDの横山剣さんが執筆します。

文/横山剣(CRAZY KEN BAND)

「東洋一のサウンドクリエイター」横山剣です。今回紹介するクルマは、2011年に僕の元にやってきた1956年「オースチン・ヒーレー100」。かつて英国最大規模を誇った自動車メーカーの「オースチン」と、戦前にラリードライバーとして名を馳せた後、スポーツカー・コンストラクターに転じた「ドナルド・ヒーレー」のコラボレーションから生まれた英国製オープン2座スポーツカーです。車名の「100」とは、時速100マイル(約160km/h)出せるという意味。これが誕生した1953年当時、時速100マイルは一部の高性能車だけの特権だったのです。

1956年製「オースチン・ヒーレー」。北米仕様でマイアミからやってきたものです。

「ヒーレー」と出会ったのは、小学生時代。伊勢佐木町の日活会館にあった、ビッグボーイというホビーショップで見かけた外国製のプラモデルが最初でした。ビッグボーイは輸入ミニカーやプラモが揃い、スロットレーシングのコースもあった桃源郷のような場所で、並んだ商品の箱絵を眺めているだけでもワクワクしました。それと『裕ちゃんの週末旅行』という、歌と語りが交互に入った石原裕次郎さんのアルバム。裕次郎さんが乗った「ヒーレー」が、ジャケットにフィーチャーされていたのを今でも覚えています。

その「ヒーレー」を、それから約40年後に手に入れることになるとは……。

きっかけは突然やってきました。2011年の初めに堺正章さんとクレイジーケンバンドがコラボレーションすることになり、その打ち合わせの席で、堺さんが毎年参加されているクラシックカーラリー「ラ・フェスタ・ミッレミリア」について、軽い気持ちで質問したんです。そうしたら、次の打ち合わせの際にエントリー書類を渡されてしまいました(笑)。

こりゃもう出るしかないと覚悟を決めましたが、出場資格があるのは1957年までイタリアで開催されていた、ロードレース時代の「ミッレミリア」に出走歴のあるクルマのみという規定があるのです。それでリストを調べたところ、映画『アメリカン・グラフィティ』にも出てくる「フォード・サンダーバード」の初期型がありました。アメリカ車の参加はごく少ないので、個性を打ち出すにはこれがいい!と思ったのですが、現実的にはいろいろむずかしい問題があり……。それで次に候補に上がったのが「ヒーレー」だったのです。

「ヒーレー」は英国車ですが、アメリカでヒットし、生産台数の7割以上が輸出されたそうです。考えてみれば小学生時代に見たプラモデルも、裕次郎さんが乗っていたのも、そして僕のクルマも、みな左ハンドルの北米仕様。1978年、18歳で初めてアメリカに行ったときに草レースで見た、カリフォルニアの陽光を浴びて輝く、アメリカンなモディファイを施された「ヒーレー」の姿がやけに印象的に残っていたことも決め手になったかもしれません。そんな、英国車でありながら、どことなくアメリカの香りを漂わせ、僕の嗜好を満足させてくれる「ヒーレー」がレースの相棒になったのです。

2018年4月13日から行われたLa Festa Primavera 2018(ラ フェスタ プリマベラ 2018)での一コマ。名古屋の熱田神宮から京都の岡崎公園まで4日間で約110kmを走ります。

手に入れてすぐ、2011年の秋に開催された「ラ・フェスタ・ミッレミリア」に参加しました。整備はエントリーぎりぎりで完了。エントリーの写真も、レースに参加するほどクルマに思い入れのある人であれば、普通はお気に入りの角度から撮った“渾身の一枚”を用意するのでしょうが、とりあえず撮ったものを提出するというドタバタの展開……。

それがクラシックカーレースの初体験でした。 それからレースの奥深さにはまることとなり、2015年まで5年連続で出ました。2016年からは今年までは、スケジュールの関係で春に関西で開催される姉妹イベントの「ラ・フェスタ・プリマベーラ」に参加。さらに「コッパ・ディ・京都」など、ほかのクラシックカーイベントにも出ています。成績はサッパリですが、とても楽しいですよ。

「ヒーレー」のボディは同じくアメリカにも多く輸出された英国のスポーツカーブランド「MG」の「MGA」などと同じくらいの大きさなんですが、直列4気筒エンジンは「MGA」の2倍近い2.7Lもあるんです。だからトルクが太くて乗りやすい。箱根なんかも、ほとんど3速で上っていけちゃう。いっぽう3速と4速に利くオーバートップ(編集部注:変速装置のひとつで、速度を下げずにエンジン回転数を下げることを目的とする。高速走行で振動・騒音の低下、燃費向上に寄与する。)は、高速走行のストレスを軽減してくれます。還暦を過ぎたクルマですが、現代車とさほど変わらない感覚で乗れるので、普段の足としても気軽に楽しむことができるのも「ヒーレー」の魅力だと思います。

もちろんスタイリングも魅力的です。シェル(貝殻)のような優雅な形のフロントグリルのデザイン評価も高いですが、「ヒーレー」が相棒になってから、実はお気に入りの角度ができたんです。それは、小さなテールランプの付いた後ろ姿。斜め後方からの眺めがいちばん好きで、それを見たいがために、ラ・フェスタなどで同じ「ヒーレー」の後ろに付いて走ったりするんですよ。

この連載でも何度か登場していますが、それだけお気に入りの写真です。どうですか?「ヒ―レー」の後ろ姿を眺めながら走りたくなりませんか?(笑)。

そんな「ヒーレー」を運転中に生まれた曲が『レース!レース!レース!』(CKBのアルバム『もうすっかりあれなんだよね』収録)。ラ・フェスタで関越道を走行中にメロディーが浮かんだのですが、書き留める術がないので、コ・ドライバーを務めていた僕のパートナーである萩野知明くん(ダブルジョイレコーズ代表)のスマホを借りて鼻歌を録音しました。再生しても風切り音とメカニカルノイズがすごくて、他人が聴いてもわけがわからないようなものですが、僕にはちゃんとメロディーが聞こえるんですね(笑)。

La Festa Primavera 2018(ラ フェスタ プリマベラ 2018)での一コマ。いいときもあれば、悪いときもある。それがレースです。

大変な想い出もたくさんあります。これまでにエンジンブローを筆頭にいくつかトラブルに遭い、半年に及ぶ長期入院も経験してますが、それでも嫌気がさすようなことはまったくなかったです。ラ・フェスタの出場車両としては「ヒーレー」はビギナー向けのモデルなので、じつは最初はこれを踏み台に、より難易度の高いモデルにステップアップしていくつもりだったんです。ところが、壊れて直しながら乗っていくうちにどんどん愛着が深まって、まだまだ乗り続けたいと思っているんです。

還暦を過ぎた「ヒーレー」から学ぶところはたくさんあります。そして現代の道を走らせることで新しい想い出が生まれる。まさに「温故知新」ですね。スピードや競争も大事かもしれないけれど、ルールの中で楽しんだもん勝ち。それがレース!人生も同じですね。

いよいよ発売となったクレイジーケンバンド3年ぶりのニューアルバム。テーマは「支離滅裂」。あらゆる音楽のジャンルで構成された、20周年を記念する力作となっている。3年分の創作意欲が爆発したという横山剣のコメントからもその熱量が伺える。8月1日(水)発売。初回限定版(CDに加え20周年記念スペシャルライブの模様などを収録したDVDが付くスペシャル版)¥7,000-(税別)。通常版¥3,000-(税別)。写真は通常版のジャケット写真。

横山剣(CRAZY KEN BAND)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足。今年クレイジーケンバンドはデビュー20周年を迎え、8月1日(水)には3年ぶりとなるオリジナルアルバム「GOING TO A GO-GO」をリリース予定。9月24日(月・祝)には、横浜アリーナでデビュー20周年記念ライブも行われる。http://www.crazykenband.com

 

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