文/柿川鮎子

今年は夏鳥が大変少なく、多くの野鳥観察愛好人をやきもきさせています。鳥を見たい、鳥に触れていたいという愛鳥ファンには厳しい夏となりそうですが、そんな鳥不足&欲求不満を満足させてくれる展示があります。

それが、東京都文京区教育センターで開催されている「標本の世界 鳥」展。(展示期間6月22日~10月20日:9~17時、日休日休館、入場無料)。今回はこの展示を企画・監督している東京大学総合研究博物館教授・遠藤秀紀さんに、標本の世界から見た鳥の新たな魅力について教えていただきました。

遠藤さんは『東大夢教授』(リトルモア刊)でも有名な、遺体科学を研究されている比較解剖学者です。上野動物園の二代目パンダのフェイフェイを解剖し、パンダの第7の指を発見しました。今回の鳥の標本展示も、単に美しい鳥の姿を愛でるだけでなく、進化や機能美という点から鳥を見ることができる貴重な展示となっています。

頭がない標本は骨格標本蓄積の証

遠藤さんは博物館に収集されてきた標本を研究対象にしています。今回の展示でユニークなのは、頭部のない鳥の剥製標本です。これは、剥製と別に頭骨を骨格標本として保管するために、剥製制作時に皮から頭骨を分離した経緯のある剥製です。剥製を作りながらも、骨格を逃さず研究するために考案した手法だと遠藤さんは言います。

「鳥の標本や剥製というと、多くの方は頭部がついて羽を広げたワシやタカを見たことがあると思います。少し鳥に興味のある人だと“仮剥製”(かりはくせい、簡易的に標本対象の皮を剥がし、防腐処理等を施したもの)と呼ばれるものも知っているかもしれません。どちらも頭骨を剥製の内部に残して、内臓や骨を抜いて作ります。そうした剥製では、羽や外観を見るには良いのですが、頭骨を手に取ることができないために、進化について大切なことがわからなくなってしまいます。頭骨がないと研究が進まないんですね。なので、頭骨を別に取り出して標本にしています。今回はそうした頭のない剥製標本が展示されています」。

長い間、鳥の研究は色や姿が重要視されてきたので、標本も外観を重視して作られてきた歴史があります。しかし、研究が進むにつれてそれだけでは不十分になってきました。剥製を作るときに頭部を外して骨格標本にしておけば、骨からクチバシの動きや脳の大きさなどがわかります。つまり、頭部のない剥製標本の登場は、研究が進歩している証です。今回の展示はそうした鳥の研究についてもさりげなく教えてくれます。

これが仮剥製。博物館が貧弱な日本では収蔵数が少ないが、海外の大きな博物館には何十万点という桁違いにたくさんの剥製標本が残されている。

普段あまり見られない鳥の足を観察

今回の展示ではアジアの鳥を中心に、日本で身近に観察できる鳥から、海外の鳥まで約250点を展示しています。野鳥と違って、鳥標本は動かないので、鳥の身体を360度、じっくり見ることができます。野外で生きている鳥を見る時、木や枝に隠れている鳥の足を見ることは難しいもの。その点、標本では足をじっくり観察することが可能です。

遠藤さんは「木にとまりやすい足の形なのか、水辺の暮らしに適しているか、など、足とクチバシは特に鳥の生き方が反映されている部分なので、じっくり見ていると面白いかもしれません」と標本ならではの鳥の見方を提案してくれました。

遠藤さんは鳥の足はとても不思議なものだと考えています。「生物の進化の過程で、空を飛ぶという道に向かうと足は退化するのが自然でした(昆虫は除きます)。実際、恐竜時代に生きていた空飛ぶ爬虫類の翼竜は足が貧弱になり、コウモリも後ろ足は弱くて歩くことも立つこともできません」

「空を飛ぶというのはそれほど大変なことです。逆に、だからこそ人は鳥に対して畏敬の念を抱くわけです。人間にできないことを軽々とやってのけているわけですから。そして、飛ぶために足は不要だったはずなのに、鳥は地面を歩く足をもっている。飛ぶ能力と着陸してからの移動性能を兼ね備えているのです」

キツツキの仲間やカワセミの仲間など、好きな鳥にターゲットを絞って、じっくり見る楽しみ方も。

「鳥を見た」から「鳥を知りたい」へ

野鳥観察では鳴き声を聞いたり、遠くから姿を観察して、鳥と一緒にいる自然を体感できます。ただどうしても「鳥を見た」だけで満足してしまいがち。博物館での鳥標本は「鳥を見た」から「鳥を知る」へと、鳥にもっと近づくことができると遠藤さんは考えています。

「知りたいという好奇心に近づける、というのが博物館の醍醐味で、今回の展示の目的ですね。何かその人なりに感じられるものがあれば大成功です。私自身はあまり解説を詳しく行ったり、スマホでワンタッチガイド的なものを配布したりするのはあんまり好きじゃないんですよね。押し付けみたいで。いろいろな人がいろいろな感性で鳥を知って、何か心に残るものが一つでもあれば嬉しいですね」。

今回の展示は大学の研究生が中心となって創っており、若者が展示に向ける感性を見るのも楽しみ方のひとつ。

「鳥を見る」というと野鳥観察、あるいは動物園など生体のことを想像しがちです。でも、生きていない博物館の標本であっても、鳥の美しさや素晴らしさを十分堪能することは可能でした。鳥好きにはぜひおすすめしたい今回の「標本の世界 鳥」展。遠藤さんは会場にて7月21日「鳥の体の設計」、8月25日「解剖で知る5億年の進化」の講演を行います。鳥の機能美についても詳しく講演されるとのこと。入場は無料です。

【開催概要】
《標本の世界 鳥》
会期:開催中~2018年10月20日(土)
会場:文京区教育センター
住所:東京都文京区湯島4-7-10
開館時間:9時~17時
休館日:日曜・祝日
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2018tori.html

展示監督・遠藤秀紀
東京大学総合研究博物館教授、比較形態学、遺体科学。パンダ、キリン、アリクイ、アザラシなどを解剖し、進化の謎を解明している。著書に、『東大夢教授』(リトルモア)、『人体 失敗の進化史』(光文社)、『パンダの死体はよみがえる』(筑摩書房)、『見つけるぞ、動物の体の秘密』(くもん出版)など。

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)、編集協力『フクロウ式生活のとびら』(誠文堂新光社)ほか。

 

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