文/柿川鮎子

文京区教育センターでは10月20日土曜日まで、東京大学が世界中から集めた鳥標本を展示・公開しています。「標本の世界 鳥」展を担当した監督助手の東京大学総合研究博物館特任研究員の工藤光平さんに「あなたの知らない鳥標本の世界」を教えていただきました。鳥が好きな人も、興味のない人もきっと驚く、奥深い鳥標本の世界。私達にいろいろなことを教えてくれる宝物でした。

今回の展示タイトルは「標本の世界 鳥」ですが、標本にはいろいろな種類があります。昆虫標本、透明骨格標本、プレパラート標本、化石標本、樹脂包埋標本、さくよう標本、鉱物標本・岩石標本などです。子供時代、夏休みにセミやトンボにピンを刺して昆虫標本をつくったことのある人は多いかもしれません。標本にはたくさんの種類があり、様々な形で学術研究に役立っています。

鳥の骨格標本も展示されています。

標本と剥製、普段はあまり気にせず使う言葉ですが、工藤さんによると、「剥製は標本の種類の一つです」と簡潔に教えてくれました。剥製は標本の一形態で、正確に言うと「剥製標本」と呼ぶべきなのだとか。

「普通は『家の玄関に鳥の剥製があったよ』とか言いますが、学術的に正確に言えば剥製標本です。剥製標本の標本を取って、上の部分だけを使って剥製と言うのが一般的ですね」。

■正確には剥製標本だった「剥製」

剥製は、生物の死体の中身を取り除き、綿などを詰めて復元したもので、標本の中の一部分を指します。笠を被って二本足で立った狸の剥製など、装飾用や民芸用に制作されたものもふくめて、動物の皮を剥いで中に詰め物を入れて縫い合わせたものを剥製(正確には剥製標本)と呼びます。装飾用や民芸用に作られたものだけでなく、学術用に制作されているものも含めて、剥製です。

剥製は哺乳類や鳥、魚などさまざまな動物で作製されていますが、生きていた通りの形が分かるように処理をしたものは研究や展示でよく使われます。研究用に使われる剥製は自然なポーズをとっているものが多いです。

「標本の世界 鳥」では鳥の剥製などが展示されています。内部に骨の幾つかを残して展示、観賞用を意識して綺麗に作られているのが本剥製(標本)と呼ばれています。ポーズを作らず骨もできるだけ除去しているものは仮剥製(標本)あるいは簡易剥製(標本)と呼ばれています。こちらは効率的に収納できるように羽を折りたたまれた状態になっているものが一般的です。頭がない剥製標本は何のため?あなたが知らない鳥標本の世界でも関連する内容について展示監督の遠藤秀紀さんに教えていただきましたのでご参照ください。

今回の展示では工藤さんが研究している家禽に関する展示もみどころのひとつ

■剥製が語るさまざまな物語

工藤さんによると、標本の歴史は古く、古代エジプトの紀元前2000年には標本が作られていました。2500年前、航海者ハンノはゴリラの皮を剥いで標本にしたという記録が残されています。

また、現存する古い鳥標本の一つに、1702年に作成された英国王チャールズ2世の愛人フランセス・スチュアートが飼っていたヨウムの剥製があります。

なぜこの標本が残されたのか、最も大きな理由は飼っていた女性の知名度にあるでしょう。イギリスを擬人化した女神・ブリタニアのモデルとなった彼女がいかに愛され、人々の憧れであったことか。ペットの剥製が残された点からも、そうした点をうかがい知ることができます。

ヨウムは鳥類で最高の知能をもち、5歳児の知能と2歳児の感情があると言われている

さらに、ヨウムを知る人ならば、フランセス・スチュアートの人物像をも想像できるでしょう。ヨウムはとても賢く、飼い主を理解して行動できるペットです。言葉を覚え、簡単な日常会話を楽しむことも可能です。犬や猫でなく、ヨウムを愛し、死体を標本にしてずっと手元に残しておきたいと考えたフランセス・スチュアートという女性は、どんなに知性を重んじたのか、ひとつの鳥標本が、いろいろなことを、見る人に語り掛けてくれます。

■鳥の標本が教えてくれる3つのこと

もう少し詳しく、鳥標本は私達に何を教えてくれるか、最も大きな三つのポイントを工藤さんに教えていただきました。

その一)技術と知識を教えてくれる
鳥標本から私たちは作り手を想像することができます。たとえば、日本では虎が存在しなかったため、江戸時代の虎の絵は猫をモデルにしていたと伝えられています。同じように、剥製を作る人がその動物をよく知らない場合、顔の形が不自然になってしまうことも多かったのです。

生きている姿を知っている職人であれば、よりリアルな姿を再現できる

その二)制作環境を教えてくれる
ラベル紙質や様式、タグのつけ方など、様々な情報から総合的に制作環境を推測することが可能となります。

とはいえ、実際の鳥標本から制作環境を読み解くのは大変難しいのが現状です。たとえば1930年代にフィリピンで作製された鳥標本には詰め物のない標本がつくられました。この場合、単純に現地が貧しく、綿が無かったと判断するのは危険です。輸送を考慮して意図的に綿を減らした可能性もあります。さらには現地から輸送後に環境を整えて作り直す予定だったので綿を入れなかったとも考えられます。そうした謎をひも解くのも、鳥標本の楽しみ方の一つかもしれません。

その三)保存状態を教えてくれる
標本の劣化対策は制作や維持管理における普遍的なテーマです。古代エジプトのミイラからブリタニアの愛した鳥の剥製、今日の博物館や店頭でみられる狸まで、そこには標本に関わる人々の『美しいものをつくり残そう』とする努力と情熱が込められています。標本の放つ魅力には、動物自体の美しさだけでなくその背景にいる人々の想いも詰まっているのです。作った人、それを所有していた人に想いを馳せながら鑑賞してみてはいかがでしょうか。

■鳥の標本を鑑賞するポイントはお尻と目

いろいろなことを教えてくれる魅力的な鳥標本は、見る人の興味によって自由に観察できる奥深いものでもあります。くちばしの形が気になる人はそれだけを見ても楽しめますし、動いている野鳥では見ることが難しい足の形もじっくり観察できるでしょう。剥製標本の良し悪しを評価する際、押さえておくべき主なポイントはお尻と目です。この二つをぜひ注目して見てください。

鳥は総排泄腔が複雑な立体構造となっており、ここが作り手の技術の見せ所となっています。生きた鳥の様に、自然に盛り上がった総排泄腔を作ることができるようになるためには、熟練の技が必要です。野鳥観察ではめったに見られない臀部、お尻の部分は鳥標本のみどころのひとつです。

鳥のお尻は複雑な構造をしていて、生きている通りに作るのは難しい

目はガラスを利用して再現しますが、質の高いものとそうでないものが明らかにわかる部分でもあります。高価な目になると、ガラスを数層に重ねて作り上げたり、細い採光を一本ずつ手で描いたりします。手間のかかった職人作業を観察することができます。

■散逸が心配されている日本の鳥標本の世界

夏休み、多くの方が帰省した実家で、もし鳥の剥製を見つけたら、ぜひ専門機関に相談してはいかがでしょうか。最近、貴重な鳥標本が散逸されつつあります。アルビノなど珍しい標本の場合は、重要な研究材料にもなります。展示監督を務めた遠藤秀紀東京大学総合研究博物館教授によると、標本は「未来の知の財産」です。展示「標本の世界 鳥」を見ながら、あなたも知の世界で遊んでみてはいかがでしょうか。

【開催概要】
《標本の世界 鳥》
会期:開催中~2018年10月20日(土)
会場:文京区教育センター
住所:東京都文京区湯島4-7-10
開館時間:9時~17時
休館日:日曜・祝日
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2018tori.html

東京大学総合研究博物館特任研究員 工藤光平
1989年生まれ。日本鶏を「人と動物の関係学」の視点で捉え直し、その品種を特徴づける形質と人の育種観を結びつける理論構築を目指している。東京農業大学農学部バイオセラピー学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻修士課程入学、東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻博士課程修了、農学博士

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

写真/木村圭司

 

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