取材・文/末原美裕
春の馥郁とした光を浴びて、大人の心も浮き立つような季節がやって来ました。4月になると子どもたちは新年度を迎え、新入学や進級に心を躍らせていることでしょう。
そんなお孫さんを連れて“狂言”を鑑賞しに出かけるのはいかがでしょうか。
狂言の笑いには、長い年月に磨かれた、誹謗中傷で笑いを取るのではない、心の和む笑いがあります。そんな上質な笑いを味わい、今までとは一味違う文化的な時間を過ごすことは、お孫さんの心の成長にもきっと資することでしょう。
狂言や能といった古典芸能は、どうしても敷居が高く感じられますが、今回ご紹介する茂山千五郎家の狂言は「お豆腐狂言」とも言われ、京都では親しみ深い文化の一つとして愛されています。
その昔、狂言や能は一部の特別な階層の人々だけのものでした。能舞台以外での上演などは考えられない時代に、二世・茂山千作(十世千五郎正重)氏は地蔵盆や結婚式、町内の祭りなど様々出向いて、狂言を演じ続けたことで、仲間内からは「どこにでも出て行く、お豆腐のような奴だ」と陰口をたたかれたことに端を発しています。
そのため、京都では「おかずに困れば豆腐にせい、余興に困れば茂山の狂言にしとこう」と言われるほどに今も広く愛される存在となっています。
ところで、孫と狂言を見に行くなら、どんな演目がいいのでしょうか? 子どもにわかりやすく、大人も楽しめる、おすすめの狂言の演目を、五世・千作氏の次男である、茂山茂さんにお伺いしました。
「一つ目に挙げるのは、狂言を代表する名作でもあり、歌舞伎の舞踊にもなっている《棒縛(ぼうしばり)》ですね。この話では、主人が外出に際し、主人の留守の機会を狙っては酒を盗み飲む太郎冠者と次郎冠者を縛りつけた上で、留守番をさせる話です。
残された二人は窮屈な姿でいかにして酒を飲むのか、試行錯誤します。たくましくも愉快な姿には、お子さんも笑みがこぼれると思います。
二つ目は《柿山伏(かきやまぶし)》です。こちらは小学校6年生の国語科でも取り上げられています。
山伏が修行から帰る途中、空腹のため畑の柿の木に登って無断で柿を食べたところ、畑主が見つけ木のかげに隠れた山伏を「鳥だ」「猿だ」と鳴き声を真似させてからかう話です。狂言とは便利なもので、何でもあるつもりで演技します。その“つもり”の演技が最大限発揮される狂言の一つです。
最後に《附子(ぶす)》を挙げたいですね。山一つ向こうまで出かける主人は、太郎冠者と次郎冠者に留守番を言いつけます。主人は二人に桶を見せ、この中には附子という毒が入っているから、絶対に近づかないようにと伝え出かけます。しかし、だめだと言われると、やってみたくなるのが人情……。二人は桶を開け、言い訳のために四苦八苦します。こちらは一休さんのとんち話にも登場する有名なお話です。
心の和む笑いを、茂山千五郎家では「和らい」と呼んでいるそうです。
「狂言は、室町時代の笑いのお芝居「新喜劇」です。舞台によっては初めに演目の解説を演者がしますので、初めての狂言鑑賞でも肩肘張らず、笑う準備をしてリラックスしてお越しください」
テレビでネットで、簡単に娯楽を楽しめる時代だからこそ、足を運び、時に磨かれた和らいを全身で感じる価値があるのでしょう。狂言の笑い「和らい」には、孫との絆を結び、次世代につなぐあたたかな思いがこめられています。
【公演情報】
《お豆腐の和らい》
京都公演 4/28開催
http://kyotokyogen.com/schedule/20180428warai/
東京公演 4/30開催
http://kyotokyogen.com/schedule/20180430warai/
名古屋公演 5/5開催
http://kyotokyogen.com/schedule/20180505warai/
「傅之会」7/28開催(京都・金剛能楽堂)
一部、二部と分かれており、一部は「子どもの、子どもによる、子どものための狂言会」と題し、お子様向けのプログラムで上演されます。
お豆腐狂言 茂山千五郎家
公式HP:http://kyotokyogen.com
お問い合わせ: 075-221-8371(茂山狂言会事務局)
取材・文/末原美裕