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田山花袋がマイ原稿用紙を刷っていた版木【文士の逸品No.15】

◎No.15:田山花袋の版木

田山花袋の版木(撮影/高橋昌嗣)

文/矢島裕紀彦

3センチほどの厚みの、がっしりとした平板。材はサクラだろうか。表面には、梯子段のような四角い枡目が彫り込まれている。その数、縦20、横20。合わせて 400。田山花袋(たやま・かたい)はこの版木を用いて、一枚一枚、自らの手で専用の原稿用紙を刷った。インク代わりは、梔子(くちなし)の実を砕いて煎じた煮汁。半紙の上に現れる黄赤色の落ち着きある色合いが、花袋の気に入ったらしい。

明治40年(1907)、30半ばの妻子ある身で自らの若き女弟子への恋情をあからさまに綴った『蒲団』でセンセーションを巻き起こし、その後の日本文壇に私小説の流れを築いたこの作家は、多くの紀行文を書いた旅好きでもあった。自然、旅先での執筆機会も多い。そういう時にも、予め5、60枚の原稿用紙をこの版木で刷り、風呂敷に包んで持参したという。

群馬県館林市の田山花袋記念文学館には、この版木の他にも種々の遺品や資料が保管されている。中で異彩を放つのは、愛用の小机であろう。創作に行き詰まった時、ナイフで切り刻んだため、あちこちに無惨な傷痕が残る。

その小机の上に版木を載せてみた。版木の枡目の整然と取り澄ましたような表情と、産みの苦しみをまともに受けた小机の苦渋に満ちた表情との対照。そしてその狭間に、無粋、愚直なほどに真っ正面から文学に取り組んだ花袋の、四角四面の顔が浮かんでくる。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。

写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。

※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。

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