今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「僕は死ぬまで進歩するつもりでいる」
--夏目漱石
夏目漱石が明治39年(1906)2月15日付で、東京帝国大学在学中の門弟・森田草平あてに出した手紙から。文筆家を志す門弟の、なかなか思うようなものが書けないという訴えに、漱石は「僕は君くらいの年輩のときには今君が書く三分の一のものもかけなかった」と告白し、「今でもご覧の通りのものしか出来ぬが、しかし当時からくらべるとよほど進歩したものだ。
それだから、僕は死ぬまで進歩するつもりでいる」「君なども死ぬまで進歩するつもりでやればいいではないか」と綴っていくのである。森田はどれほど勇気づけられたことだろう。
明治39年2月というと、漱石は『吾輩は猫である』で世間の高い評判を得て、小説『倫敦塔』も発表済み。翌月には、『坊っちゃん』を一気呵成に書いていくことになる。とはいえ、手紙の筆致には無闇に謙遜しようとする嫌味はなく、極めて率直な趣がある。
まもなく50歳を迎える世界最年長のプロサッカー選手としてピッチに立ちつづけるキング・カズことサッカーの三浦知良や、40代半ばにしてスキーのジャンプ競技で活躍をつづけているレジェンド、葛西紀明は、ただつづけているだけでなく、まだまだ上手くなることを追求しているように見える。飽くなき向上心を見せる彼らや漱石を見習いたいと思うこと、切なり。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。