「やすらぎの郷」から考える“暮らしやすい老人ホーム”のカギを握るもの

取材・文/坂口鈴香

今年の4月から9月にかけてテレビ朝日系列で放映され、大きな話題となったドラマ『やすらぎの郷』(脚本/倉本聰、出演/石坂浩二ほか)。往年の名優を揃えた錚々たるキャストとともに、サライ世代として気になるテーマが盛りだくさんの傑作ドラマであったが、今回はそのドラマで描かれた老人ホーム「やすらぎの郷」の暮らしぶりをもとに、“老人ホームの暮らしやすさ”について考えてみたい。

「老人ホームなんて、どれも同じじゃないの?」といぶかしむ読者もいらっしゃると思うが、これまで100か所以上の施設を見てきた筆者は、住みやすさと暮らしやすさとは別物だと考えている。どんなにいい施設設備、環境であっても、暮らしやすいとは限らないからだ。

■やすらぎの郷で描かれた「ありえない」こと

元気な高齢者が入居する「入居時自立型」のホームなら、ホーム内でどんな付き合いをするかは、ほぼ入居者の裁量に任せられている。一緒に旅行に行こうが、飲みに行こうが自由。ホーム内のレストランがアルコールOKという例も少なくない。

ドラマで描かれた「やすらぎの郷」では、石坂浩二扮する菊村栄の居室に、多くの入居者が頻繁に訪ねて来ていた。もちろんアポなんてない。気軽にチャイムを鳴らし、来られた方も簡単に部屋に入れる。男女問わずだ。

仲たがいしていた同士が鉢合わせしたこともあったし、八千草薫扮する“姫”が「眠れない」と言って深夜や早朝にやってきたこともあった。さらに、介護職員が個人的な相談をしに部屋を訪ねたシーンもあった。

ドラマの展開上仕方ない面もあったのだろうが、「入居時自立型ホーム」でこういう付き合いがあってはならない。ホームによっては、入居時に「互いの部屋を行き来することはやめておきましょう」などとアドバイスしているところもあるほどだ。

着かず離れず、一歩引いた付き合いをしておかないと、いざというときに逃げ場がなくなる。菊村栄は男性だから、まだよかった。女性だったとしたら、もっと泥沼化しただろう。

言ってみれば、それはママ友同士の関係と変わらない。実際、筆者が数多く接してきたホームの入居者たちは、どんなに親しくしていても、互いの部屋を行き来することはまずない。

■ホームには暗黙のルールがある

どんな施設もそうだが、入居者の半分以上、いや8割ほどは女性だ。レストランの座席や大浴場で使う洗い場の位置などはなかば固定化しているので、特に“新人さん”は要注意。男性にもこの傾向はあるとはいえ、女性はグループで行動することが多いのでなおさらだ。知らずにその定位置に座ったりすると大変。そのグループからずっとにらまれ続けないとも限らない。

あるホームでは、食事時間の15分ほど前から、お気に入りの席を確保しようと並んでいる90代の女性グループを見かけた。毎日、毎食、並んでいるのだという。「どこでも生存競争はきびしいのよ」とたくましく笑う姿にはただ感服するしかなかったが、それが生きる張り合いにもなっているのだろう。こうしたホームにおける大先輩を優先するのも、暗黙のルールだ。

だから、もしホームに入居したら、どこに座ればいいのか、大浴場は何時ころが空いているかなどを、念のため職員に聞いて、トラブルにならないための策を講じておくのがよい。ホームによっては、このような不文律をスタッフが教えてくれたり、合いそうな人を見つけて座席に誘導してくれたりする場合もある。ともかく郷に入れば郷に従えだ。

結局、ホームが暮らしやすいかどうかは、本人しだいなのだ。快適な暮らしは自分がつくる、と考えておこう。

ホームでも各種イベントやアクティビティを用意してくれているが、元気なうちはホーム内にこもることなく、それまでの趣味活動や友人関係を維持して積極的に外に出ることをおすすめしたい。そのうえで、ホームのサークルやアクティビティにも参加して友だちをつくっておけば、ホーム内外にコミュニティができる。それが快適な暮らしへの第一歩だ。

■ホームの職員に求めたいこと

そして暮らしやすさのもうひとつ大きなカギを握るのが、職員だ。

ドラマで描かれた「やすらぎの郷」では、入居者の病気などのプライバシーや病状が、ほかの入居者に筒抜けだった。入居者どうしが噂をするのは仕方ないとしても、職員が入居者に情報を漏らすというのはあまりにずさんだ。実際はあり得ないし、あってはならない。

介護が必要でない入居者は、介護職員よりも事務方の職員と接することが多い。「やすらぎの郷」ではコンシェルジュと呼ばれていた職員がそれで、入居者とは一定の距離を保ってくれるのが理想だ。望んでもいないのに、「○○ちゃん」などと呼んで、職員が親しげな関係を誇示してくることはあってはならないと筆者は考えている。どんなに家庭的な雰囲気のホームであっても、家族ではないのだから。

暮らしやすいホームには、入居者がどう接してほしいと思っているかを察知して、距離感を微妙に変えてくれる職員の存在が望ましい。そのうえで「放っておいてほしい」というスタンスの入居者であっても、変わったことがないか、フロントを通る際にさりげなく観察してくれたりもする。そうでないと、認知症の兆しなどがあっても気づかれないまま悪化している、などということが起こる。それでは何のために自立のうちからホームに入ったのかわからないということになる。

元気な間も、介護が必要になることへの不安はある。それでも常に見守ってくれる職員がいるから安心して暮らせる――それこそがまさに「やすらぎ」のホームなのではないだろうか。

*  *  *

以上、今回はドラマ『やすらぎの郷』で描かれた老人ホームの現実とのギャップとともに、老人ホームでの暮らしやすさを左右する2つの要素について、ご紹介した。

親御さんを施設に入れる際はもとより、やがてご自身が入居するときにも備えて、ぜひ知っておいていただきたい。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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