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「友なし句ありひとり漱石の夜を守る」(阿部次郎)【漱石と明治人のことば298】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「友なし句ありひとり漱石の夜を守る」
--阿部次郎

阿部次郎は夏目漱石の教え子のひとり。旧制高校生の必読の書といわれた哲学的エッセイ『三太郎の日記』の著者として有名だ。生来が反骨精神に富んだ兄貴分的な性分で、目下の者には愛情をかけるが目上の人間に甘えることが下手だったという。

そのためか、漱石門下に加わって「木曜会」に出入りしながら、小宮豊隆、鈴木三重吉、森田草平らが駄々っ子ぶりを発揮するのを横目に、師に対し少しく距離を置いていた感があった。

しかし、その内面は違っていた。こんな逸話がある。

明治43年(1910)のある日、阿部次郎が朝日文芸欄に原稿『自ら知らざる自然主義者』を寄稿した。ところが、その文章の一部が著者の阿部には無断で手直しされた。まだ若く血気盛んな阿部は、文芸欄の編集実務を担当する森田草平に厳重な抗議文を送りつけた。

そのとき、森田は不在だった。あまり返事が遅れては失礼が重なると思った漱石は、森田に代わって文芸欄主宰者として事情を説明して詫びる返書をしたため、こんなふうに書いた。

「右は事情を申上て幾分かのこの問題を法律的なる権利問題より遠からしめんとする弁護に候。(略)これにて大兄の御不満が少しにても取れ候えば小生はありがたき仕合(しあわせ)に存候」

細かな経緯の説明と丁重な謝罪をしながらも、そこはさすがに漱石、ところどころにやんわりと諭すような長者の風格を漂わせた手紙であった。

阿部次郎の三女・大平千枝子の『父 阿部次郎』によれば、阿部次郎は漱石からのこの手紙を大切に額におさめ、生涯座右に置いていたというのだ。「理の究明に走り自他を律することに急な自分への戒め」とするためであった。懐に飛び込んで親密なつきあいをすることはなくとも、心の奥底での漱石への傾倒ぶりは、決して他の門下生の後塵を拝するようなものではなかったのである。

漱石没後、東北帝国大学の教授となった阿部次郎は、ひそかに漱石の精神を受け継ぎ、毎週木曜の夜、自宅書斎で学生たちを集めた。夜更けまであれこれの談話を楽しみ、一身上の悩みにも慈父のように応じていた。まさに、早稲田南町の漱石山房における「木曜会」を彷彿させる会であった。

一方で阿部次郎は、毎年漱石の命日がやってくると、自らの書斎に漱石の書画を掲げ、ひとり静かに酒を酌み、漱石を偲んでいたという。掲出のことばは、そんな夜に阿部次郎が詠んだ一句。他に、こんな句もあった。

「遺墨かけて漱石忌待つ宵の冬」
「先生の年になりぬ漱石忌」
「寅彦逝き三重吉亡し今日の先生忌」
「読みやめて師の書に向う寒夜かな」
「風死せるみちのくの夜や漱石忌」

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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