取材・文/藤田麻希

喜多川歌麿(きたがわ・うたまろ)といえば、女性の身分や微妙な表情の変化をも描き分けた、美人画で一世を風靡した浮世絵師です。そんな歌麿の美人画の集大成たる大作「深川の雪」が、2014年に60数年ぶりに再発見されたというニュースは、当時世間を驚かせました。

喜多川歌麿「深川の雪」(部分) 江戸時代 享和2~文化3年(1802~06)頃 198.8×341.1cm 岡田美術館蔵

この作品は、「吉原の花」「品川の月」とで構成される、手描きの浮世絵(=肉筆画)の「雪月花」三部作のうちの一つです。三部作は、1780年代後半から1800年代初め、歌麿が最盛期を迎える前から晩年にかけての15年ほどの間に、栃木の豪商のために描かれたと考えられています。主題はいずれも、江戸の遊所です。

同三部作は、1879年に栃木県の定願寺で揃って展示された後、日本美術ブームの最中であったパリに渡りました。「品川の月」は、1903年にワシントンD.C.のフリーア美術館創設者、チャールズ・ラング・フリーアによって購入され、「吉原の花」はフランス人コレクターの手を経て、1957年よりコネチカット州のワズワース・アセーニアム美術館の所蔵になりました。

一方、「深川の雪」は、浮世絵収集家の長瀬武郎がパリの浮世絵商から購入した後、1939年に日本に持ち帰り、1952年に銀座松坂屋で公開されたあと、行方不明になっていました。それが、60数年ぶりに再発見され、箱根の岡田美術館に収蔵されたのです。

そして今、「深川の雪」を所蔵する岡田美術館に、三部作のひとつ「吉原の花」がアメリカから里帰りし、日本における138年ぶりの再会を果たしています。さらに所蔵館の方針で他館に貸し出すことが禁じられている「品川の月」も、原寸大の高精細の複製画で展示され、三部作が揃う壮麗な空間が出現しています。

*  *  *

三部作を見てまず驚くのが、その大きさです。「深川の雪」は、約2×3.4メートル。「品川の月」は約1.5×3.2メートル、「吉原の花」は1.9×2.6メートル。浮世絵の掛軸画としては、破格の大きさです。

しかも、「深川の雪」と「品川の月」はこれだけの大きさにもかかわらず、たった2枚の紙でできています。日本では漉くことができない大きな紙を中国から輸入したと考えられ、いかに大掛かりで費用のかかったプロジェクトだったのか、うかがうことができます。

喜多川歌麿「吉原の花」 江戸時代 寛政3~4年(1791~92)頃 186.7×256.9cmワズース・アセーニアム美術館蔵

もっとも大きい「深川の雪」は、27人の群像が描かれます。一人ひとりの行動が自然で、それぞれが有機的につながり、バラバラな印象を受けません。晩年の歌麿にこれだけの構成力があったことに驚かされます。

ただ、歌麿が遊所の事情に通じた人であったため、これだけの描写が可能なのかと考えがちなのですが、この作品をよく観察すると現実ではあり得ない状況であることに気が付きます。

お気づきでしょうか、男性がいないのです。遊郭であれば当然、お客である男性の姿があるはずなのですが、子ども以外はすべて女性。この点で、この作品は歌麿の理想を描いた“フィクション”といえるのです。

*  *  *

最後に、本展覧会の見どころを、岡田美術館学芸員の稲墻朋子さんに伺いました。

「歌麿の肉筆画は40点ほどしか現存しておらず、版画に比べてかなり少ないですが、《雪月花》三部作を見れば、歌麿が肉筆画にもすぐれていたことが一目瞭然です。また、《品川の月》が制作されてから《深川の雪》までは15年ほどの開きがありますので、各時代の歌麿美人の様式を辿ることができます。

海の青が清々しい《月》、華やかで賑わいに満ちた《花》、渋めのトーンや構図の妙が光る《雪》、それぞれの魅力をお楽しみ下さい」

【展覧会情報】
『歌麿大作「深川の雪」と「吉原の花」―138年ぶりの夢の再会―
■会期/2017年7月28日(金)~10月29日(日)
■会場/岡田美術館
■住所/神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷493-1
■電話番号/0460・87・3931
■料金/一般・大学生2800円 小中高生1800円
■開館時間/9時〜17時(入館は16時30分まで)
■休館日/会期中無休

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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