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「たましひの抜けしとはこれ、寒さかな」(久保田万太郎)【漱石と明治人のことば254】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「たましひの抜けしとはこれ、寒さかな」
--久保田万太郎

昭和37年(1962)11月7日、東京・銀座の料理屋「辻留」で、劇作家で俳人の久保田万太郎の誕生会が催された。久保田は明治22年(1889)に、浅草で袋物を製造販売する家に生まれているから、この日が満73歳の誕生日であった。

この誕生会の席上、久保田は、自分が死んだら著作権を慶応義塾に贈与することを発表した。慶応義塾は久保田の母校で、教壇に立ったこともあり、評議員などもつとめていた。

この発表の背景には何があったのだろうか。

久保田には、きみという妻がいた。だが何年も前から湯島に住むきみとは別居し、愛人の三隅一子と赤坂で暮らしていた。きみとは早く別れたいと思いながら、なかなか別れられずにいた。そういう中途半端な状態で自分が死んだら、遺産相続でゴタゴタが起き、世間を騒がせるかもしれない。そうした不体裁は、ハイカラな久保田のもっとも恐れるところであった。少しでも混乱を回避するため、久保田は著作権のことを公の場で発表したのだった。

この席上、久保田は、法の庇護を受けられない三隅一子の身の上をよろしく頼みたいと、直接的な表現は避けながらも誰もが理解できるような言い回しで語った。照れ性なのか狡いのか、久保田は何事によらずこの調子で、その意を汲んで友人知己たちが、金や女性関係の始末に、なぜか進んで奔走させられてしまうのだった。

まあ、これもいわゆる「忖度」というやつなんでしょうかねえ。

しかし、運命とはわからないもので、久保田が身の上を案じた三隅一子は、この翌月にあっけなく黄泉路へ旅立った。掲出のことばは、このころに久保田の胸の奥からこぼれ出た哀切の一句。他に、次のような句もあった。

「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」
「死んでゆくものうらやまし冬ごもり」

精神的支柱である三隅一子を失い、久保田の心は半死半生に陥っていた。

翌昭和38年(1963)5月6日、久保田は東京・牛込の梅原龍三郎邸を訪れた。この日、梅原邸では、他に文化人10余りを招き、応接間にツケ台を構え、寿司屋の職人を呼んで饗応の準備がなされていた。

久保田は酒は好むが、刺身などのなまものは元来が苦手であった。頑固な半面、気弱で優柔不断なところのある久保田は、このとき、ふだんなら口にしない赤貝の握り寿司を食べた。途端に久保田は激しく咳き込み、それでも何食わぬ顔で席を立って洗面所を探して廊下へ出た。そして、玄関の傍らにある洗面所の入口のところまで行くと、大きな音を立ててのけぞるように倒れた。

心臓発作か脳溢血か。救急車が呼ばれ慶応病院に運ばれたが、すでに息はなかった。死因を探るも、心臓にも脳にも、他の臓器にも、これといった決定的な痕跡はなかった。はっきりした原因がつかめぬまま、医師が補足的作業として気管を縦に切開すると、そこからロール状になった朱色の赤貝が出てきた。これが気管をぴたりと、コルク栓のように塞いで、久保田を窒息死させたのだった。

通常なら、こうなる前に吐出反射によって赤貝が吐き出されるはずであった。久保田はそれを無理にこらえたらしい。ひょっとすると、突発的事故に遭遇しながら、これまでとばかり最愛の三隅一子のあとを追ったのかもしれない。

久保田の死後、納骨しようとした墓石の下から「久保田一子」と書かれた骨壺が出てきて、周囲を驚かせた。その字は、他ならぬ久保田の筆蹟だった。生前、戸籍上の久保田姓をついに与えてやれなかった愛人への、せめてもの供養の心が偲ばれた。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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