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童話作家・新美南吉の継母が就職かなった息子にかけた言葉【漱石と明治人のことば230】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「一度でも中学校か女学校の先生になれば、明日死んでもええと思っとった」
--渡辺しん

渡辺しんは、童話作家・新美南吉の継母である。

新美南吉は、大正2年(1913)、愛知県半田町で生まれた。父は渡辺多蔵、母はりゑ。南吉が4歳のとき、母りゑが逝去。その後、父が再婚したのが、しんだった。

まもなく6歳年下の弟・益吉が生まれた。南吉は実母の生家である新美家(おばあさんの家)へ養子に出され、1学期ほど養家から学校に通ったのち、再び実家に引きとられた。一方で籍は戻されず、南吉は新美姓を名乗りつづけることになった。

そんな複雑な家庭環境の中でも、しんは分け隔てなく子どもたちに接した。南吉の中学時代の友人のひとりは、たびたび南吉の家へ遊びにいったが、しんは、夕食どきになると、ごく当たり前のような調子で朱塗りの立派な膳でもてなしてくれた。この友人は、しんが継母であることに、まったく気がつかなかったという。

また、のちに南吉が東京外語学校(現・東京外語大)に学んでいた頃、弟の益吉は知多半島の西海岸の寒村に丁稚奉公に出されている。ここにも実子のみを偏愛した形跡はない。

外語学校卒業から数年、南吉が苦労の末、県立安城高等女学校の教職についたときも、しんは手放しで喜んで、掲出のことばを口にしたという。血のつながらない息子ではあっても、母として心からの愛情を注いでいたのだろう。

南吉は昭和18年(1943)3月、咽頭結核により29歳で没した。童話作家としての南吉に日が当たるのは、没後13年となる昭和31年(1956)。書き遺していった童話作品のひとつ『ごんぎつね』が教科書に掲載されてからのことである。

この代表作をはじめとする南吉の童話や詩作品の底に、何がなしの哀しみとともにヒューマニティが宿るのは、血のつながらない息子にも母として心からの愛情を注いだしんの存在が強く影響していたのではないだろうか。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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