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「千里の目を窮めんと欲し、さらに一層の楼に上る」(中野正剛)【漱石と明治人のことば265】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「千里の目を窮(きわ)めんと欲し、さらに一層の楼に上る」
--中野正剛

中野正剛は明治19年(1886)福岡の生まれ。早稲田大学政経科卒。朝日新聞記者となり、多くの政治評論を書いた。大正9年(1920)の総選挙に福岡から出馬、当選して衆議院議員となった。以降、当選8回。

中野は学生時代から西郷南洲(隆盛)を崇拝、犬飼毅を敬愛し、当初は革新倶楽部に所属。その後、憲政会に転じた。憲政会・民政党で安達謙蔵派に属し、第1次若槻礼次郎内閣で大蔵参与官、浜口雄幸内閣で逓信政務次官などを歴任。2・26事件のあと、東方会を組織。無類の雄弁と強烈な個性で、「政界の暴れん坊」と恐れられる半面、大衆的人気を集めた。

はじめ対米英仏への強硬派だった中野だが、開戦後は敗色を予測し、東条英機首相の独裁ぶりと官僚の統制経済を徹底攻撃した。昭和18年(1943)1月1日、中野は朝日新聞に『戦時宰相論』を発表する。日露戦争時の宰相だった桂太郎を引き合いに出して、現首相を批判する内容だった。

「日露戦争に於て桂公は寧ろ貫祿なき首相であった。彼は孔明のように謹慎には見えなかったが、陛下の御為に天下の人材を活用して、専ら実質上の責任者を以て任じた。(略)桂公は横着なるかに見えて、心の奥底に誠忠と謹慎とを蔵し、それがあの大幅にして剰す所なき人材動員となって現われたのではないか。難局日本の名宰相は絶対に強くなければならぬ。強からんが為には誠忠に謹慎に廉潔に、而して気宇壮大でなければならぬ」

遠回しではあるが、東条には誠忠、謹慎、廉潔が欠けているという指摘だろう。怒った東条は、この新聞を発禁処分とした。

中野はさらに倒閣運動まで画策し、10月21日、憲兵に逮捕された。5日間にわたる厳しい取り調べのあと、いったん釈放され、26日の夜、東京・渋谷区代々木の自宅に戻った。中野は入浴後、紋付き羽織を着用し、息子に言いつけて色紙を持ってこさせ、「欲窮千里目更上一層楼」と墨書し手渡した。この読み下し文が、すなわち、掲出のことばである。広い視野、高い識見を持つべく、飽くなき向上心を説いたことばであったろう。

その日、家族が寝静まった深夜、午前零時、中野は伝家の銘刀で腹を真一文字に切り、頸動脈を掻き切って自裁した。亡骸の前には、西郷南洲全伝が置かれていたという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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