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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「好きなものを我慢して、少しぐらい長生きしたってつまんないよな」
--尾崎一雄

尾崎一雄の代表作『暢気眼鏡』の主人公のモデルは、松枝夫人だといわれる。世間知らずの無邪気と純情が度外れていて、貧窮暮らしも平気の平左でまったく意に介さない。自分の金歯を外して、これを質種にしたら、などと笑顔で言い出す。まるで、なんでも暢気に見えてしまう眼鏡をかけている如しだ、というのである。

ふたりが結婚したのは昭和6年(1931)だった。尾崎一雄は明治32年(1899)師走生まれの31歳。かたや松枝夫人は、女学校出たての18歳。一雄の目には新婦はまったくの子どもに見えたし、大人である夫のいうことは間違いないものと思い込んでいるふうであった。一雄は、そんな世間知らずの松枝夫人をうまく誤魔化しながら、思うように扱い、主導権を握っていく。

ところが、だいぶたって、ふと一雄の中に、ある疑念が浮かんだ。こんな具合だ。

「変に信用されると、人間という奴は、どうも悪いことが出来にくくなるものらしい。仕事をしなければ、などと殊勝な気も起こす。つまり、私の方が、一人相撲の挙句、逆に家内からうまく扱われてしまった、といって然るべき節もあるようだ」(『妻を語る』)

尾崎一雄は若い頃は、なかなかの酒豪だった。それが戦時中、昭和18年(1943)頃から体調を崩し、胃潰瘍による大出血も経験した。以降、酒はやめていた。

敗戦からだいぶ時を経て、松枝夫人は一雄に飲酒再開を勧めた。

「お酒飲みがお酒を飲まないと、何だかわびしいわね」
「じゃあ、ちょっとばかり始めようかな」

一雄はぼちぼち日本酒を飲みはじめ、すぐにウイスキーのお湯割りに定着した。それが老境に入った自分の体に一番合っているような感覚があった。この頃、夫人手作りの酒肴で酒杯を傾けながら、一雄が口にしていたのが掲出のことば。言い訳めいてとる必要はなかろう。むしろ、心の底からわき出た本音だろう。

飲みだしても、一雄は決して量を過ごすようなことはなかった。5日でボトル1本を定量とし、昼間は口にせず、灯ともし頃から飲んだ。適量の酒を楽しみつつ、一雄はこののち悠々と83歳まで長命した。

ここで改めて思う。

松枝夫人が一雄に再開させた酒も、例によって夫人の深謀遠慮の内だったのではないか。自分が何気なく勧めてやれば、夫が飲みすぎることのないことも、適量なら百薬の長として心身に働くことも、どこかで見越していたように思えなくもない。

暢気眼鏡は、なんとも不思議な眼鏡なのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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