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“起業の神様”が己の半生を振り返って語った信念のことば【漱石と明治人のことば186】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「生きてゆくための障壁にぶつかって苦しんだ一つ一つの経験が、私の信念というか、処世の哲理と生活信条を形作ってきたようである」
--市村清

市村清は、日本の高度経済成長を象徴するような経営者だった。明治33年(1900)佐賀県の貧しい農家に生まれ、さまざまな辛酸をなめ壁にぶつかりながら、それを乗り越え、理研光学工業(のちのリコー)を創立して社長に就任、理研グループ各社の役員をつとめた。

傍ら、「人を愛し、国を愛し、勤めを愛する」をスローガンに三愛を立ち上げ、三愛石油、三愛計器、西銀座デパート、日本リースなどを設立した。

掲出のことばは、そんな市村が己の半生を振り返って、しみじみと語ったもの(『私の履歴書』より)。艱難辛苦が人を磨き上げる、ということか。

『私の履歴書』の冒頭で、市村は少年時代の「牛」にまつわる話を「生涯で一番くやしかった思い出」として紹介している。市村が小学校低学年の頃、祖父が子牛を一頭買ってくれた。そして、こんなふうに言った。

「お前は成績がいいけれど、家は貧しくて上の学校にやれそうもない。でも、その子牛を一生懸命育てれば、次々に子を産むだろう。それを売れば、大学まで行けるかもしれない」

市村少年は、草を刈ったり芋のつるを集めて食べさせたり、わずかな小遣いを使わずに貯めて飼料を飼うなど、一生懸命子牛の世話をした。数年たつと立派な雌牛に成長し、そろそろ子を産めるようになった。

そんなある日、家に執達吏がやってきて、借金のカタにその雌牛を連れていってしまった。秋の夕暮れ、丹精込めて育てた牛がひかれていくのを、市村少年は涙をこらえながら見送ったという。市村は語る。

「後年、私が納得のいかないかぎり、権力や金力に対して徹底的な反抗を試みて譲らないようになったのは、この事件などに芽ばえの一端を採りうるように思う」

役所や警察権力、アメリカ軍を向こうに回しても、屈することなく理を通し、アイデアと実行で道を切り拓いていく市村の原点がここにあったのだろう。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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