取材・文/藤田麻希
東京都文京区目白台、木々が生い茂る細川家屋敷跡の一角に、『永青文庫』は建っています。戦後間もない1950年に、細川家16代当主・細川護立が、同家に伝わる美術工芸品や歴史資料などの文化財を散逸させないために設立した財団法人で、1972年から定期的にコレクションを公開してきました。
護立自身も美術品のコレクターでした。江戸時代の禅僧・白隠や仙厓による禅画を集めるところから収集はスタートしましたが、20代半ばにはコレクションのもう一つの柱になる、同時代を生きる作家が描いた、当時の現代美術も購入し始めます。教科書や切手で一度は目にしたことがある、菱田春草の「落葉」、「黒き猫」、小林古径の「髪」、横山大観の「生々流転」(現在は東京国立近代美術館蔵)なども護立の集めたものです。
そんな細川護立が収集した日本近代美術のコレクションに的を絞った展覧会「細川護立と近代の画家たち-横山大観から梅原龍三郎まで-」が、永青文庫で開催されています(~9月10日まで)。
護立は作家から作品を購入し金銭面で支援するだけでなく、別荘に招くなどプライベートな面でも親交を結びました。この展示では、作家から護立に送られてきた手紙なども合わせて公開されます。コレクターと作家とのやりとりが見えてくるのが魅力の一つです。
護立と特に親しかった横山大観とのあいだには、こんなエピソードが残っています。
ある年の正月に大観のもとを訪れた護立は、新年に開かれる歌会始のお題を描いた絵を譲り受けました。以後、大観から護立へ勅題の絵を贈ることが毎年の恒例になったのですが、ある年、大観が忘れてしまいました。そこで、護立が用事のついでに勅題画の話をしたところ、2年分の作品がまとめて贈られたそうです。
いただくものを催促するあたりに、護立と大観の親しさが感じられます。
また、今回の出品作品には、設立67年目にして同館で初めて展示される、重要な作品も含まれています。その狙いを、永青文庫・学芸員の舟串彩さんにお聞きしました。
「永青文庫といいますと、菱田春草の『落葉』など、日本美術院(院展)系の作品のイメージが強いと思いますが、護立はそれ以外にも、平福百穂(ひゃくすい)や松岡映丘など文展(文部省美術展覧会/日展の前身)で活躍した作家にも目を向けていました。
そこで今回、百穂の『豫譲(よじょう)』と映丘の『室君(むろぎみ)』を前期後期それぞれの目玉として、当館で初めて展示します。護立が幅広く収集していたことを、知っていただければと思います」
平福百穂の「豫譲」は、中国の歴史書にある仇討ちの場面を絵画化したもの。余白たっぷりの構図から、討つ者と討たれる者との緊張感が伝わってきます。
「室君」は、播磨国の室津に集う遊女を描いた作品。源氏物語絵巻のような「やまと絵」の伝統的な構図を、大画面の屏風に応用した意欲作です。両作品ともに文展で特選を獲得したものです。護立が画家の代表作と呼べる大作をしっかり集めていたことがわかります。
永青文庫の建物は、昭和初期に建てられた、細川公爵家の事務所を利用しています。事務所といえども、現代人の感覚からするととても豪華で、展示室には当時の内装や調度品も残っています。
美術に興味があるかただけでなく、建築巡りが好きな方にもおすすめの展覧会です。
【細川護立と近代の画家たち-横山大観から梅原龍三郎まで-】
■会期/2017年6月17日(土)~9月10日(日)
前期:6月17日(土)~7月30日(日)
後期:8月1日(火)~9月10日(日)
※前・後期で大幅な展示替えを行います
■会場/永青文庫
■住所/東京都文京区目白台1-1-1
■電話番号/03・3941・0850
■開館時間/10:00 ~ 16:30
※入場は閉館の30分前まで
■休館日/月曜日(祝日の場合は開館、翌火曜日が休館)
■美術館公式サイト/http://www.eiseibunko.com
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』