今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「大胆というのもいいけれど、大胆は堅実の上にはじめて成り立つものだ」
--安藤百福
日清食品の創業者・安藤百福が即席めんの開発に挑んだのは、終戦直後の昭和20年(1945)冬、大阪で出くわした光景が原点だったという。寒風吹きすさぶ夜、大阪駅のそばを通りかかると、屋台のラーメン屋に行列ができていた。1杯のラーメンをすするために、皆がじっと寒さに耐えて並んでいたのだった。
この光景を胸に、安藤は苦心に苦心を重ね、ついに急速油熱乾燥法を開発。昭和33年(1958)にチキンラーメンを発売した。これが即席めんの第1号。容器入りのカップヌードルの発売は昭和46年(1971)だった。
今では多くの他社製品も店頭に並ぶが、発売当初はどちらも実に画期的な商品だった。
安藤百福は明治43年(1910)台湾生まれ(戦後、日本に帰化)。立命館大学在学中からメリヤス関係の会社を設立。その後、機械部品の製造、塩や栄養剤の製造・販売などを手がけながら、即席めんの開発に取り組んだのである。
上に掲げたのは、その安藤百福が次男の宏基に社長の座を譲るとき、投げかけたことばだという。一度は長男の宏寿を社長にして自身は会長職に退きながら、適任でないと見極めて、社長に復帰。その後、時機を見計らっての次男の社長就任という経緯があるから、このことばにも深い思いがこめられていると見なければならない。
会社経営というのは、堅実だけでも、大胆だけでも成り立っていかない、守りと攻めのバランスが肝要ということだろう。
明後日5月28日からは、テニスの全仏オープンが始まる。日清食品所属のプロテニスプレーヤー錦織圭選手は、どんな戦いを見せてくれるか。
手首の故障が気にかかるが、「堅実」かつ「大胆」なテニスで、悲願の4大大会初優勝をめざして突き進んでもらいたい。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。