今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「日本に生まれたからといって、日本のことだけ考えていては間違いが起こる。できるだけ地球上の広い範囲のことを見聞きして、高い大きな立場に立って考え、これがよいことだと見極めたら実行すべきだ」
--湯川玄洋
夏目漱石には胃潰瘍という持病があった。明治43年(1910)43歳の夏には、転地療養で訪れた伊豆・修善寺で大量の吐血をし、死に瀕した。窮地を脱して社会復帰したのも束の間、翌年夏、講演のため訪れた関西で倒れ、大阪の湯川胃腸病院に緊急入院した。その病院の院長が、湯川玄洋である。
掲出のことばは、湯川玄洋が娘のスミに語り聞かせていたもの。広い視野と識見がうかがえる。
娘のスミは、のちに小川秀樹を婿に迎える。この人がすなわち、科学者で京大副手の湯川秀樹。岳父と賢婦の支えで研究に邁進し、後年、ノーベル物理学賞を受賞した。
湯川秀樹は、第2次世界大戦後、物理学が恐ろしい核兵器を生み出したことをアインシュタインと語り合い、深い反省から、熱心に平和運動に取り組んだ。スミ夫人もこれに協力した。夫婦の精神の底には、父が口にしていた上のことばも影響していただろう。
大学などの研究機関を対象とした防衛省の研究費制度(研究助成費)が、今年度の6億円から来年度は110 億円へと大幅に増額されるという。
地下の湯川秀樹は、このニュースをどう受けとめているだろうか。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。