今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「どんなオリジナルな人でも、人びとから切り離されて、自分から切り離して、自身で新しい道を行ける人は一人もありません」
--夏目漱石
夏目漱石の評論『模倣と独立』の中に書かれた一節。
どれほど独創的なものも、それ単独で急に生み出されるものではない。そこに至るまでの先人の築いた基礎があり、また自分自身が積み上げた土台があるだろう。
伝統やアカデミズムを打ち破る、斬新で衝撃的な発想や作品が登場するのにさえ、前提として、打ち破らるべき伝統やアカデミズムの存在が必要なわけだ。
回り道のように見えても、まずは、地道に先人の研究や業績を学び、模倣もしてみて、そこから新しい道へと踏み出していくべきだと、漱石は言うのだろう。
肌の質感までを感じさせる独得の乳白色で裸婦画を描き、「グラン・フォン・ブラン」(素晴らしい深い白地)と称賛され、パリで成功をおさめた画家の藤田嗣治なども、自身のオリジナルな画風を確立する前、ルーブル美術館に通いつめ名画の模写を繰り返したと語っている。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。