今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「今にその子供が大きくなって、御前から離れて行く時期が来るにきまっている」
--夏目漱石
夏目漱石の小説『道草』より。このあとさらに、「御前はおれと離れても、子供とさえ融け合って一つになっていれば、それでたくさんだという気でいるらしいが、それは間違いだ」とつづく。
もっとも自伝的要素が強いといわれるこの小説の中で、漱石は何も奥さんに「俺に冷たくするな」と文句を言っているわけではない。その説くところは、母としての子離れの必要性だろう。
最近、母親と娘の関係に問題が指摘されはじめている。高齢となった母親が娘に過度に依存したり、成人した娘をいつまでも支配しようとする。
『お母さん、娘をやめていいですか?』という、ちょっとショッキングなタイトルのテレビドラマが放送されているのも、そんな時代状況を反映してのことだろう。
自身で生み育て、また同性でもあることの甘えから、母親は娘をつい自分の分身のような存在と思い込んでしまうのだろうか。社会的整備が追いつかない超高齢化社会や、世代間の経済格差というひずみも、背景にはあるのかもしれない。
親自身が精神的に自立する一方で、子供を独立した存在として尊重する。そういう心構えが大切なのだろう。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。