今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「人間は、自分の力も自分で試してみないうちは分らぬものに候。握力などは一分でためすことができ候えども、自分の忍耐力や文学上の力や強情の度合やなんかは、やれるだけやってみないと自分で自分に見当のつかぬものに候」
--夏目漱石
明治39年(1906)7月2日付、高浜虚子あての夏目漱石書簡より。このあと、「古来の人間は、たいがい自己を発揮する機会がなくて死んだろうと思われ候。惜しいことに候。機会は何でも避けないで、そのままに自分の力量を試験するのが一番かと存じ候」とつづけていく。
あるところまで人生経験を積むと、自分で自分の能力の限界を線引きして、実際にやってみもしないで「どうせ無理だろう」と諦めてしまっていることが、案外、多いのではないだろうか。現代は昔にくらべれば、自分の可能性を試すチャンスに恵まれている。「自分を決めつけずに、思い切ってチャレンジしてみよう」と、漱石は言うのである。
リオデジャネイロ五輪のあと、プロ化宣言したスポーツ選手が何人かいる。体操の内村航平選手、水泳の萩野公介選手、陸上のケンブリッジ飛鳥選手。彼らは、ある意味、自分自身を追い込んで、より厳しい環境に身を置こうとしているのだろう。変化を恐れず、さらなる高みを目指していこうとする彼らに、エールを送りたい。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。