
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』の時代考証を担当されている黒田基樹先生と柴裕之先生、さらに、制作統括の松川博敬さんも交えた取材会が開催されました。考証担当の先生方がお二方そろっての取材会は珍しいです。
編集者A(以下A):黒田基樹先生は駿河台大学教授で、大河ドラマは2016年の『真田丸』以来の時代考証の担当になります。柴裕之先生は2023年の『どうする家康』で担当していて、お二方とも2回目の担当になります。まずは、「大河ドラマの時代考証ってどんなことをするのでしょうか」という質問に松川さんが答えてくれました。
松川 脚本の八津弘幸さんから各話の初稿が届いたら、その都度、先生方にNHKにお越しいただいて「時代考証会議」を開いています。実は視聴者の皆さんが気づいていないところで、たくさん、おふたりから頂いたアイデアが反映されているところがあります。思いつくところだけでいうと、物語のはじめのころに、中村の小一郎(演・仲野太賀)たちの家が登場しましたが、意外と広いと思いませんでしたか? ボロいけど広い。あれは実は秀吉の出自というのがもともと名主レベルだったのが、父親が亡くなった後、没落したという最新の研究成果を反映しているのです。まず、これは皆さん気づかれてないことだと思います。寧々(演・浜辺美波)と藤吉郎(演・池松壮亮)の結婚の時期というのも。実は最新の研究に基づいています。昔は永禄4年説だったのですが。
黒田 今までの大河では全部そうですね。
松川 大河ドラマ『秀吉』など過去の作品では、みすぼらしい足軽のような秀吉が、身分の高い寧々さんと結婚するというシーンが描かれているんです。でも、実際は、そんな身分違いの結婚ではなくて、最新の研究では、秀吉が織田家中である程度出世して、初めて寧々と結婚できたという説(永禄8年説)が有力になっています。これも皆さん、あまり気付かれていなかったと思います。
A:秀吉の結婚の時期については、確かに気にしないでみていました。「太閤記物」の『おんな太閤記』(1981年)や『秀吉』(1996年)では、秀吉の家族たちが秀吉のもとに結集するタイミングがバラバラですから。
I:制作統括の松川さんのお話は、小一郎の許嫁直(演・白石聖)のことにも言及しています。
松川 時代考証的に弟の秀長が兄の秀吉より先に結婚するのはおかしいということで、直という架空のキャラクターを序盤で登場させ、いずれ正室の慶(ちか/演・吉岡里帆)という木下家と家柄の釣り合う相手と結婚するということを踏まえて、ストーリーを展開してもらいました。
I:柴先生からは、時代考証によるドラマの補強についてご説明いただきました。
柴 事実をお伝えして、それをどう描かれるかは脚本を書かれている八津弘幸先生次第なんです。例えば、桶狭間の戦い。過去の作品では「義元が上洛するために織田方と戦った」ということで描かれていることが多かったと思います。『豊臣兄弟!』でも最初の脚本を読ませていただいた段階では上洛の方だったかと思うんですけども、今、桶狭間の戦いというのはそういうふうに扱われていませんし、もうちょっと幅広く見ると、実は信長から動いているんだということが分かっていますので、そういった研究成果などを説明した上で、それをどう最終的に判断されるかはドラマの作り手次第です。今回はわりと取り入れてもらっているかなと思います。
黒田 それが時代考証会議で脚本をもとに話している内容ですね。だから、現在の研究状況では、こういうことがこういうふうに理解されていて、と説明をしますが、そこに近づけるのかどうかっていうのは、あとは作家さんや制作陣の考えです。時代考証会議は1話につき1回で、月にだいたい2回くらいです。1回に2時間くらいですかね。最初は長かったけど、最近は1時間半くらいかな。
柴 あくまで、今、史実としてはこうなっています、と。ただその御判断は……ドラマの中でこういくんだったらこのままでもいいですし、史実ですとこうなっていきますよという話はしているかと思います。

譲れるところと、譲れないところのせめぎ合い

I:当欄からは、墨俣一夜城の解釈もそうですが、思いもよらぬひねり、工夫がされているなと思ったところはあるか、お尋ねしました。
黒田 鵜沼の調略です。こういう展開にするんだ、っていうね。
柴 桶狭間の時の佐久間盛重(演・金井浩人)も、思いがけなかったですね。
黒田 ああ、盛重ねぇ。今後も、想定を裏切るような展開は出てきますよね。
柴 史実にこだわってしまうと、どうしてもドラマとしての展開とぶつかりが生じてしまうので、ドラマだと割り切った上で対応しています。
黒田 どこまでリアリティを持たせるのかっていうところでは検討はしていますけどね。
柴 非常にずれてしまったらまずいので、あくまでそれを実際の歴史過程の中にどうおさめていくか、ということをやっています。
黒田 軌道修正した部分はたくさんあります。
松川 たくさんありますし、作家の八津さんと我々制作スタッフが譲れるところと譲れないところ、そのせめぎ合いですね。先生方のご指摘通り直そうというところと、ここはこの話の根幹にあたるところだから、史実はわかった上でこれでやらせてください、ということはあります。
黒田 そこで、なるべく真っ赤な嘘だと思われないような設定を作っていくということですよね。見ていて、もしかしたらあったかもしれないなというレベルまで思っていただければ、それはそれでいいと思います。
A:大河ドラマの時代考証会議のせめぎあいというのは、興味深いところですが、詳細はネタバレになったりするので、時代考証の大先輩でもある静岡大学小和田哲男名誉教授の著書『歴史ドラマと時代考証』(中経文庫版)から過去のエピソードを引用しましょう。
『功名が辻』のとき、山内一豊が妻の千代に向かっていう台詞に、「わしは絶対、家族を守る」というのがあった。たった一行のこの短い台詞に間違いが二か所ある。おわかりだろうか? 「絶対」という言葉は、戦国時代にはない。「家族」というのも江戸以降である。そこで、この部分は、「わしは必ずや、妻と子を守る」と訂正することになる。
I:けっこう時代考証って、ハードな仕事なんですよね。
秀長のここがおもしろい!
A:両先生は、秀長が凄いところについて語ってくれました。そのやりとりをそのままどうぞ。
松川 秀長が生きていれば豊臣家は安泰だったっていうことは昔から言われていて、その後、研究を進められて、先生方もそのことを確信されたと。秀吉の天下統一という偉業のうち半分ぐらいのことは、秀長がやってたんじゃないかと。
黒田 やっぱり秀長が外様の大々名に対しての取り次ぎを、ほぼひとりで務めていたということと、あとは軍事行動で常に別動軍の大将を務めていたということですかね。秀吉はなんでこんなに天下を取る過程が速いんだろうなと思っていたら、秀長がいたからだと。あるいは、外様との関係が順調だったのも、全部秀長がやっていたからだっていうのが分かって。この人物がいなくなったら、やっぱり大変だっただろうなぁっていうのが分かりました。
松川 サポート役、補佐役と言われていたけど、たぶんそうではなかったっていうことですかね。
黒田 補佐役ではあるんですけど、その中身が非常に重要な役割を果たしていました。やっぱりこの大河ドラマの話がなければ、そこまで調べることはなかったので、それは良かったよね。
柴 今まで、秀吉の指示しか見てなかったわけですね。秀吉の発給文書というのは、7000点近くありますけど、それでしか検討されていなかったわけですけれども、その実務を誰が仕切っていたのかっていうのが分かってきた。
黒田 だから、多分、秀吉政権の研究というのは、これから大きく変わらざるを得ない。
柴 今までは本当に晩年の政権運営ですね、いわゆる五大老・五奉行、それが前提に描かれてきたわけですけれども、今の秀吉と秀長との関係を踏まえたうえで、それがその後にどう展開していったのかっていうのが、今後の課題になったのではないかなと思います。
黒田 今までの大河でも、秀長が生きている段階から石田三成がちょろちょろちょろちょろ余計な動きをし始めますけど、歴史的にはそういうのは全くないんです。三成が活躍し始めるのは、それこそ慶長期になってからなので。
A:やはり、時代考証担当の先生のお話をうかがうと、理解が深まりますね。本能寺の変前後でもう一度やっていただけるとうれしいですね。

大河ドラマ『豊臣兄弟!』
NHK総合 毎週日曜 夜8時~ほか
※NHK ONEで見逃し配信中
●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











