今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「人間には上等中等下等がある。自分のために人にめいわくをかけているのが下等で、自分だけのことをよく始末して行くのが中等で、じぶんのことを始末した上に人の世話をしてやるようになれば上等だ」
--森鴎外
森鴎外は言うまでもなく、夏目漱石とともに明治の文壇をリードした文学者のひとり。陸軍軍医でもあった。掲出のことばは、明治37年(1904)10月24日付で、妻・しげ子宛てに出した手紙の中の一節。18歳年下だけに、教え諭すような内容である。
鴎外は最初の結婚に失敗したあと、12年余を経た明治35年(1902)2月にしげ子と再婚した。しげ子はなかなかの美貌で、鴎外本人も結婚を報告する親友宛ての手紙の中で「美術品らしき妻」などとのろけている。
その後、日露戦争の勃発に伴い、鴎外は明治37年(1904)3月から39年1月にかけて各地を転戦。その戦地から、妻へ何通もの手紙をしたためたのである。このしげ子が、漱石の妻・鏡子と同じく朝寝坊だったというのは、なんだか可笑しい。
来る1月20日、第45代の米国大統領にドナルド・トランプ氏が就任する。選挙期間中になされた発言は、差別的なものもあり、お世辞にも上等のものだったとは言い難いが、いよいよ大国のリーダーの座につくからは、本来持っているはずの「上等」な人柄が前面に出てくることを期待したい。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。