文・絵/牧野良幸

歌手の橋幸夫さんが9月4日に亡くなられた。そこで今回は追悼を込めて、橋幸夫さんが出演した映画を取り上げようと思う。1963年の映画『いつでも夢を』である。

まずは、僕の橋幸夫さんの思い出を少し。

橋幸夫は僕がテレビを見始めた小学生の頃には、すでにスターだった。舟木一夫、西郷輝彦とともに“御三家”と呼ばれていて、その人気ぶりは子どもにも十分に伝わっていた。三人とも物真似や替え歌が学校で流行ったものである。

もっともデビュー曲「潮来笠」(1960年)は、当時2歳だったのでリアルタイムの記憶はない。しかし小学生の頃なら、エレキ・ギターに乗って歌う「恋をするなら」(1964年)とか、ムードのある「霧氷」(1966年)などが思い出深い。

そして橋幸夫といえば吉永小百合とデュエットで歌った「いつでも夢を」。1962年に大ヒットし、今も聴き継がれる名曲だ。カラオケで歌われる方も多いだろう。

映画『いつでも夢を』はヒットの翌1963年に制作された。監督は日活で活躍した野村孝。

主演は橋幸夫と吉永小百合、そして吉永小百合と“純愛コンビ”で人気だった浜田光夫。若手トリオによる青春群像劇となっている。

舞台は東京下町。川沿いに工場が立ち煙突から煙が出ている。なんとなく前年に吉永小百合が出演した映画『キューポラのある街』を思い出させる設定であるが、こちらはカラー作品、そして劇中で橋幸夫らが歌う、音楽でも楽しめる作品だ。

タイトルバックからいきなり「いつでも夢を」である。この曲は本当に名曲と思うわけだが、川の土手を自転車で走る吉永小百合の映像と一緒に聴くのは格別だ。このままずっと聴いていたいと思うけれど、ワンコーラスで終了し、映画の始まりである。

橋幸夫が演じるのは、下町の工場に出入りするトラック運転手の留次(とめじ)という青年だ。髪型はジェームス・ディーンのようなラフなオールバックで革ジャンを着ている。僕の世代以下の人なら、橋幸夫というとそれなりの年齢を重ね、風格のある姿が浮かぶと思うけれど、この映画の橋幸夫はとても若い。

留次は、初めて登場するシーンから早くも挿入歌を歌う。トラックを運転しながら「潮来笠」を歌うのだ。橋幸夫の有名なデビュー曲である。これもいい曲で、誰でもハンドルを握りながら歌ったら最高であろう。歌詞に出てくる“潮来の伊太郎”と重なり、留次もいなせな若者ということが印象づけられる。

留次がトラックで工場に到着するや、工員の健康診断のために訪れていた看護師見習いのひかる(吉永小百合)と出会う。ひかるは“我が街の太陽”と呼ばれ、工員たちのアイドルだけれども、孤児として生きてきた過去を持つ。将来は看護師になりたい夢を持つ。

二人の出会いは、留次のトラックが工場に入るや、ひかるの自転車を転倒させるシーンだ。

「馬鹿野郎!」と留次。

「馬鹿野郎とはこっちの言い草よ、街中では注意して運転しなくちゃダメじゃないの!」

と、ひかるも黙っていない。

「なんだと、言わしておけばいい気になりやがって」

トラックを降りる留次だったが、この女の子が、留次もひと目見たかった“我が街の太陽”と知り、「えっ」となったところでカット。吉永小百合の怒りっぷりには、留次でなくても男性なら胸がキュンとくるだろう。

留次は、工員の勝利(かつとし・浜田光夫)とも知り合う。勝利は昼間は働いて貧しい一家を支え、夜は夜間高校に通い、一流企業に就職して人生を変えたいという夢を持つ。ひかるとは夜間高校の同級生だ。

留次と勝利が、ひかるをめぐって恋のライバルになる流れは、青春ドラマの定番と思うけれど、なにせ役者が橋幸夫、吉永小百合、浜田光夫だから、個性のぶつかり合いが面白い。ちなみに、ひかるや勝利の同級生役で松原智恵子も出演していて、花を添えている。

さて次に留次が歌うシーンは、ひかるの誕生パーティーである。

留次と勝利、そしてひかると親しい子どもたちが招待された質素なパーティー。背広にネクタイを締めてバッチリ決めた留次と、学生服で来た勝利はパーティーでも何かと張り合う。

トラックの話でみんなの視線を集めた留次に対抗して、勝利が歌を披露する(浜田光夫の「街の並木路」)。ひかるはオルガンで伴奏し、子どもたちも聴き惚れるので、勝利は歌いながら得意満面である。

そんな中で留次だけが気に入らない顔をしているところが、何ともおかしい。恋のライバルがウケているのが気に入らないのだろう。橋幸夫という実力派歌手を知っている我々から見れば「俺だって負けないぞ」という顔にも見えて、そこもおかしい。

果たして、勝利の歌が終わった瞬間、みんなの拍手も収まらないうちに留次が歌い出すのである。それは橋幸夫の「おけさ唄えば」で、入りの絶妙さ、こぶし回しのうまさはやっぱり橋幸夫、映画であることを忘れて聴き惚れてしまう。

皆も「留次さんが、こんなに歌がうまいなんて……」といった表情。映画を見ている僕からしたら「あの、この人、橋幸夫ですから」と教えてあげたいところだが、あくまでトラック運転手の留次である。ひかるも聴き惚れ、勝利も感激のあまり笑顔を浮かべる。

あと酒場でも留次が歌うシーンがある。歌うのは「北海の暴れん坊」。ソーラン節が組み込まれた、みんなで盛り上がる曲だ。しかしひとり勝利だけは、カウンターで浮かぬ顔をしている。就職試験を受けた企業から不採用の通知が届いたのだ。理由は、夜間高校生だからという納得のいかないものだった。

「元気を出せよ。曲がりくねった道だって、石ころだらけの道だってあらあ」

と励ます留次。しかし勝利はふてくされている。

留次は勝利のために「若いやつ」という曲を歌う。いかにも若者への応援歌のような曲だ。留次は自分にできないことに挑戦している勝利を応援したかった。

そんな留次の気持ちも知らず、勝利はやけっぱちになり、勉強をやめると言い出す。工場にも行かなくなってしまった。

ここからが映画のヤマで、このあと勝利が再び立ち上がるまでを描く。エンディングにもう一度「いつでも夢を」が流れ(今度は2コーラス)、見る者に爽やかな印象と勇気を与える。

橋幸夫が演じた留次は、庶民的で人情に厚い性格。留次を主人公にした映画が作られてもおかしくないほど魅力的なキャラクターだと思う。

今回は歌のことばかり書いたが、『いつでも夢を』は歌手としても俳優としても、若き日の橋幸夫の魅力が詰まった一作だ。橋幸夫さんを偲ぶ意味でも、多くの方に観ていただきたい。

【今日の面白すぎる日本映画】
『いつでも夢を』
1963年
上映時間:89分
監督:野村孝
脚本:下飯坂菊馬、田坂啓、吉田憲二
出演者:橋幸夫、吉永小百合、浜田光夫、松原智恵子、ほか
音楽:吉田正
主題歌:橋幸夫・吉永小百合『いつでも夢を』

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
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