文・絵/牧野良幸

NHKの連続テレビ小説『ブギウギ』が人気だ。ヒロインのモデルは戦前から歌手として活躍し、戦後には「東京ブギウギ」の大ヒットで知られ、後は俳優として活躍した笠置シヅ子である。ドラマを通じて笠置シヅ子に興味を持たれた方も多いだろう。

僕は「もはや戦後ではない」と言われたころの世代、つまり1958年(昭和33年)生まれなので、「東京ブギウギ」が大ヒットした当時を知らない。僕が子どものころ笠置シヅ子と言えばテレビでよく見る俳優だった。大阪弁を話す、味のあるおばさん役が印象的だった。

白黒テレビを一家だんらんで見ていた時、両親が「この人は昔は歌手で〜」などと話していたら、僕も気づくのが早かっただろうが、あいにくそんな話は茶の間で出なかった(と思う)。

笠置シヅ子が歌手だったことを知ったのは、ずいぶん大きくなってからである。それでも「東京ブギウギ」と優しそうな目をした女優さんが、なかなか結びつかなかったのであるが。

思い出話はこれくらいにして、映画の話に入ろう。今回はその笠置シヅ子が出演した映画を取り上げてみる。

黒澤明監督の『酔いどれ天使』だ。笠置シヅ子は世界のクロサワ映画にも出演していた。

『酔いどれ天使』の公開は1948年(昭和23年)である。その前年が「東京ブギウギ」の大ヒットだから、笠置シヅ子の才能を黒澤監督も認めていたのだろう。

実際、冒頭の配役紹介では、笠置シヅ子の名前は、主演の志村喬、三船敏郎、山本礼三郎に続く、2番目の画面で登場する。

それは木暮実千代、中北千枝子、千石規子ら日本映画史に名を残す女優と並んでのクレジットで、“ブギの女王”としての当時の人気をうかがわせる。ちなみに名前は当時の芸名“笠置シズ子”で、配役名は“「ブギ」を唄ふ女”となっている。

映画の舞台は、戦後の焼け跡が残る闇市だ。闇市の前には不衛生な沼がある。物語はその沼の前にある真田(志村喬)の診療所から始まる。

夜。真田の診療所に若いやくざ、松永(三船敏郎)が訪れている。松永は手にけがをしていた。

「ドアに手を挟まれたんだ」とにらむ松永。

「少し痛いよ」

真田が傷口から取り出したのはピストルの玉だった。

松永を演じる三船敏郎はこれが黒澤映画初出演。のちの『羅生門』や『七人の侍』の時よりも、顔つきがシャープで鋭い目つきである。次作『野良犬』とともに、この時期の三船敏郎も見ものである。

しかし真田は凶暴な松永を前にしても動じない。鼻歌を歌い、松永が痛がるのも平気で治療をすすめる。そして松永が肺病に冒されているのでないかと疑う。

酒飲みで口は悪いが正義感の強い真田は、松永に検査を受けろと言うが、松永は素直になれない。またやり合う二人。この映画は志村喬と三船敏郎の、真剣勝負のようなぶつかり合いが何度も出てくる。

笠置シヅ子が登場するのは次のシーンだ。

ある日、松永の前に兄貴分の岡田(山本礼三郎)が出所してきた。松永は岡田と酒を飲むと、自分が面倒を見ているナイトクラブに連れて行く。

真田の言いつけを守り酒を絶っていた松永も,岡田のすすめる酒は断れず、グデングデンに酔っ払っていた。テーブルに着くや椅子に崩れ落ちる松永。店ではジャズバンドの演奏でカップルが体を寄せ合って踊っている。

岡田はすぐに松永の恋人でホステスの奈々江(木暮実千代)に目をつけた。松永は酔っていて気づかない。と、店内が暗くなり、バンドが新しい曲を始めた。客たちもフロアへ飛び出す。

ここで笠置シヅ子が歌うのだ。歌うのは「ジャングル・ブギー」。作詞はなんと黒澤明。作曲は「東京ブギウギ」と同じく服部良一。

笠置シヅ子は歌も踊りも強烈で、初めて見た人は圧倒されることだろう。

僕も初めてこの場面を見た時は圧倒された。笠置シヅ子は僕の知っているどの歌手とも違っていて、自分が生まれる前にこんなすごい歌手がいたことに驚いたものである。

シヅ子の歌にこたえるように楽器を吹くジャズバンド。シヅ子の歌に大声で合いの手を入れる松永の子分たち。

さすがに黒澤監督だけあって劇中歌も撮り方がうまい。

今まで背景にすぎなかった彼らが、表情を持った人間として映される。一人一人が喜びにあふれている。「東京ブギウギ」は戦後の困難な時期に大衆に元気を与えたというが,まさにこんな感じだったのではないかと思う。

笠置シヅ子にもズームアップして表情にせまったり、バンドと一体になって歌い、踊る姿をとらえたり。黒澤監督による素晴らしいミュージック・ビデオとも言える。

残念ながら劇中で歌われるのは1番の歌詞とコーダで全曲ではない。また自虐的に踊り出す松永のダンスの映像も挿入されるので、切れ目なしに笠置シヅ子が映るわけではない。それでもこの場面のエネルギーたるや、映画の中では一番だ。

歌と松永のダンスは加速度的に熱気を帯び、ついにクライマックスをむかえる。最後は両腕を上げた笠置シヅ子の叫びだ。

「ギャー!」

そのあと、映画は松永が闇市の支配権や奈々江を岡田に取られて、すさんでいくさまを描いていく。

その一方で、肺病から全快した女子高生(久我美子)を登場させて、黒澤明監督らしいヒューマニズムにあふれた作品に仕上げている。

映画の中で笠置シヅ子が登場するシーンはほんの少しだ。

しかし時間は問題ではない。見る者に「ジャングル・ブギー」を歌う女、笠置シヅ子の姿はしっかりと刻み込まれることだだろう。朝ドラと合わせて、ぜひご覧ください。

【今日の面白すぎる日本映画】
『酔いどれ天使』
1948年
上映時間:98分
監督:黒澤明
脚本 植草圭之助、黒澤明
出演:志村喬、三船敏郎、山本礼三郎、木暮実千代、中北千枝子、千石規子、笠置シズ子、ほか
音楽:早坂文雄
挿入歌:「ジャングル・ブギー」(作詞:黒澤明、作曲:服部良一、歌:笠置シズ子)

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
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