文・絵/牧野良幸

大阪・関西万博が開催されている。みなさんは行かれましたか?

行くかどうかは別にして気になっている方はいると思う。特に1970年(昭和45年)の日本万国博を体験した人は、「万博」と聞いただけで血が騒いでいるのではあるまいか。それくらい70年の万博はインパクトがあった。

そこで今回は70年の万博を体験した人のために、またはそうでない人にも面白いと思う映画を紹介したい。『公式長編記録映画 日本万国博』である。

これは1970年の日本万国博の記録映画だ。監督は三船敏郎のデビュー作『銀嶺の果て』(1947年)などを撮った谷口千吉。劇場公開は1971年で、同年の日本映画としては大ヒットした。

映画の話に入る前に、僕の万博体験を少し書いておきたい。もちろん70年万博の方だ。

日本万国博に僕は3回行っている。1回目は小学校を卒業した春休み。2回目は中学に入学した春に学校から。3回目は中一の夏休みに行った。岡崎からなので、いずれも日帰りだった。

万博は前年から盛り上がっていた。小学六年生だった僕は万博のガイド本を入手して、パビリオンの詳細を調べた。研究の結果、入りたいパビリオンを決めた。三菱未来館、日立グループ館、アメリカ館、ソ連館などであった。時間があれば日本館でリニア・モーターカーを見て、テーマ館の太陽の塔にも入ろう、時間が空いたら“動く歩道”にも乗っておく、と我ながら完璧な1日のプランだった。

が、実際に万博に行ってみるとまったく計画通りにいかなかったのである。見たいパビリオンに限って数時間待ちだった。日帰りの僕には行列に並ぶ時間も精神力もない。計画を変更し、母を引っ張り回しながら、入れるパビリオンを見つけては入るゲリラ作戦に切り替えた。

そのあとに行った2回の万博訪問も同じようなものである。結局、見たかったパビリオンで僕が入ったのは日本館とテーマ館だけだ。そのかわりに松下館、せんい館など印象深いパビリオンを見たので後悔はなかったけれども。

こんな体験でも自分は“万博少年”だったという自負を持っていたが、のちに大阪の子どもたちの豪華な万博体験を知って、こそっと看板を下ろした。以後は単に“万博に3回行った少年”と名乗っている。

前置きが長くなった。さて、その“万博に3回行った少年”が、2025年の今この映画を見たらどう思うか、である。

結論から書くと懐かしさよりも、まるで初めて万博を体験するような感覚の方が強かった。いったい自分は万博で何を見てきたのだろうと、首をひねるほどだ。

冒頭の開会式からまず新鮮である。現代のショーアップされた演出と違い、参加者が行進して、お国の言葉であいさつをする。シンプルな演出が心地よい。

映画を見ていて気づくのは、単純に55年前の人間を見ているだけで面白い、ということだ。たくさんの観客、コンパニオンの人たち。映画ではさまざまな人間を捉えているが、その目はあたたかい。

例えば会期中、男が太陽の塔の目の所まで登り、籠城した事件があった。当時は子ども心に震撼した事件だったが、映画では

「いささか人騒がせなお客様です」

とのんびりしたナレーション(石坂浩二)が流れる。籠城している男を見上げる群衆ものんびりしたものだ。

「おっちゃん、あそこに乗ってるよ、お手手を振るから待ちなさい」

と母親の声。見上げる子どもたちが手を振ると、籠城している男も手を振り返す。なんだかのどかなやり取りだ。当時のテレビニュースで見たのと違う印象である。

観客の映像では、はぐれても見つけやすいように、目印となる帽子やちゃんちゃんこを全員で着用している団体も紹介される。そこにナレーション。

「それでも6か月間に13万人もの大人の迷い子――いや大人の“迷い人”が記録されたのです」

ここで告白すると僕も万博で迷い子になった人間だ。3回目の万博訪問の時、母とはぐれた。一人でパビリオンを散策したあと、迷い子センターで母と再会したわけだが、中学一年生で迷い子になったことを長い間わが人生の汚点と思っていた。

しかしこの映画で、大人もたくさん迷い子になっていたと知って胸のつかえが取れた。僕も13万人の中のひとりと思えば恥ずかしくない。もちろん幼児の迷い子はもっと多く、迷い子センターて泣く子どもたちのシーンも出てくる。

さて万博ファンが一番見たいであろうパビリオンの紹介だが、これは映画の後半になる。まず海外のパビリオンから。

この映画ではどのシーンも長めであるが(映画全体では2時間53分という長さ)、外国のパビリオン紹介もたっぷりと時間をかける。フランス館では日本でも人気があった歌手シルヴィ・バルタンの立体映像が紹介される。これは見たかったなあ。

アメリカ館は話題となった入場待ちの行列から描かれる。行列の長さをカメラが移動しながら捉えていくのだが、とにかく長い。映像で見ても卒倒しそうである。

万博で最大の目玉だった月の石の展示では、押し合いながら見つめている大人や子どもの顔、顔、顔。

「これが月の石かいな」

「見えた? 見えたでしょ。もういいかい? まだ見る?」と母親の声。

「えらい、ちっこいな」と生意気そうな子どもの声。

「あれや、あれ」

「軽石みたいね」

さまざまな声が耳元で話しているように流れる。おかげで僕もアメリカ館に入ったような気分になれた。

そのあとの国内パビリオンの紹介でも、いくつかのパビリオンが取り上げられるが、僕としては入れなかった三菱未来館が紹介されて嬉しかった。

当時、松下館ではタイムカプセルを埋めるプロジェクトがあったけれど、この映画自体がタイムカプセルのようなものだ。1970年の万博を知っている人にも知らない人にも、当時の日本の熱気が伝わることだろう。

最後に、本作で物足りないという方は10時間以上の映像を収めたDVDボックス『公式記録映画 日本万国博 DVD BOX』(4枚組)という限定版があるので、それを入手してじっくり見るのもいいだろう。または開催中の大阪・関西万博に行って、実際に万博を体験してみるのもいいかもしれない。

【今日の面白すぎる日本映画】
『公式長編記録映画 日本万国博』
1971年
上映時間:173分
監督:谷口千吉
ナレーター:石坂浩二、竹下典子
音楽:間宮芳生

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
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