文・絵/牧野良幸

中尾彬さんが5月に亡くなられた。長いあいだ俳優として活躍し、タレントとしても多くの人に愛されてきた方だった。トレードマークの「ねじねじ」も懐かしい。

そこで今回は中尾彬さんが出演した映画を取り上げたい。1975年(昭和50年)公開の『本陣殺人事件』である。横溝正史の小説の映画化で監督は高林陽一。配給は独自路線の作品を数多く配給したATG。

この映画で中尾彬は金田一耕助を演じている。

以前にもちょっと書いたが、金田一耕助は昔からたくさんの俳優が演じてきた。

戦後から1960年代にかけては片岡千恵蔵、池部良、高倉健など。1970年代以降では中尾彬、石坂浩二(第17回『犬神家の一族』https://serai.jp/hobby/306308)、渥美清(第27回『八つ墓村』https://serai.jp/hobby/353940)、西田敏行、古谷一行(第70回『金田一耕助の冒険』https://serai.jp/hobby/1090531)などが演じてきた。テレビドラマを加えればもっとたくさんの俳優が演じている。

その中で中尾彬の金田一耕助の立ち位置はどうか。

横溝作品の映画化は戦後から行われてきたが、僕の世代以降では70年代からの作品が印象深いと思う。特に角川映画の市川崑監督、石坂浩二主演の作品が今も続く横溝映画のスタイルを作り上げた気がする。

しかし今回取り上げる『本陣殺人事件』は1975年公開なので、角川の初映画『犬神家の一族』より先となる。

ということは中尾彬の金田一耕助は石坂浩二でイメージが定着する以前の金田一耕助、同時に僕のような若い世代(当時)には初めてスクリーンで見る金田一耕助だったと言える。とはいえ僕は当時この映画を見ていない。

当時僕は高校三年生で、本屋に並んだ角川文庫で横溝正史のことは知っていたけれど、映画のことは記憶にない。大学受験で頭がいっぱいだったせいだろうか。それとも思春期らしく、未成年でも見られるエッチな映画に目が行っていたのか。たぶん後者の方だろう。

いずれにしても中尾彬の金田一耕助を見逃していたことはまずかったと思う。そんな反省をしながら今回『本陣殺人事件』を見た。

時代設定は映画公開時の現代となっている。すなわち1970年代の中頃だ。

かつて本陣だった旧家、一柳家で長男の賢蔵(田村高廣)と克子(水原ゆう紀)の婚礼がおこなわれる。このあと二人は離れに入り最初の夜を過ごすのだが、そこで二人とも殺されてしまうのである。

深夜、離れからの叫び声を聞いた家族が駆けつけると、二人が血みどろになって死んでいた。部屋には琴があり、屏風には血のついた指の痕。

家族が離れに入るには斧で板戸を破らなければならなかったし、人の出入りした痕跡はない。庭で凶器の日本刀が見つかったものの、雪の積もった庭に足跡はなかった。密室殺人事件である。

横溝正史は戦後まもない1946年(昭和21年)にこの作品を発表した。西洋の密室殺人よりトリックの難しい日本の家屋での密室殺人に挑戦したわけだが、評価は高かったようだ。同時にこれが金田一耕助が初めて登場した小説でもあった。

その金田一耕助が中尾彬だ。映画の時代設定は公開当時の現代なので、格好も現代的である。というか僕の目には極めて70年代的な金田一耕助に見えた。

ベルボトムのジーンズにデニムのロングベスト。髪は無造作に伸ばした長髪。なんだか当時の青春スターのようである。

「昔、若気の過ちで日本を脱出しましてね。アメリカで野たれ死にするところを……」

頭をかきながら自己紹介するところは、中尾彬ならではの人なつっこさがある。

もうひとつ、金田一耕助があぐらを組んで食事をしている姿。Tシャツ姿で茶碗を持つ金田一耕助もやはり青春ドラマの主人公のようである。そういえば大人社会に反発して、就職しないで自分の道を探す大学生のドラマが当時はあったっけ。

つまるところ中尾彬の金田一耕助に「青春」を感じてしまったのであった。これは他の役者の金田一耕助では得たことのない感覚だ。

横溝正史も原作の中で金田一耕助を着物に袴としながらも「東京、早稲田あたりの下宿にはごろごろいる青年」と描写している。中尾彬の金田一耕助に青春を感じてもおかしくないのである。

金田一耕助が磯川警部(東野孝彦)と捜査をするところは、若手刑事とベテラン刑事のコンビのようで『太陽にほえろ』を連想させた。金田一耕助がサングラスをかけるシーンもあり、サングラス姿の中尾彬はワイルドで、それこそ七曲署のマカロニ刑事とかジーパン刑事みたいだ。

ちょっと話がそれてしまった。映画の話を続けよう。

物語は一柳家の娘鈴子(高沢順子)が奇怪な現象を報告したり、村に謎の男がやってきたり、死んだ克子の昔の恋人が容疑者として浮かび上がったりして謎を深める。

金田一耕助はいつものように捜査を進めるが、中尾彬の金田一耕助はどこか自然体である。淡々と現場を調べ、推理し、悩み、うつむく。どれも中尾彬ならではの時間が流れているシーンだ。

最後の謎解きも中尾彬は言葉が少なめだけれど、亡くなった人たちや容疑者にむけるまなざしはあたたかい。テレビのバラエティでよく耳にしたあの甘い声だから、ことさらそう感じるのだろう。

事件解決後、金田一耕助は花に水をやっている鈴子に声をかける。

「鈴ちゃん、さようなら」

「また、いらしてくださいね」

「ああ」

旅立つ金田一耕助はやはり青春スターのようである。中尾彬の金田一耕助はこの作品だけだが、高林陽一監督のメガホンで何作も見たくなった。あらためて中尾彬さんのご冥福をお祈りします。

【今日の面白すぎる日本映画】
『本陣殺人事件』
1975年
上映時間:106分
原作:横溝正史
監督・脚本:高林陽一
出演:中尾彬、田村高廣、新田章、高沢順子、水原ゆう紀、常田富士男、東野孝彦、村松英子ほか
音楽:大林宣彦

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
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