文・写真/市川美奈子(海外書き人クラブ/台湾在住ライター)

英国放送協会(BBC)から「アジアのビートルズ」と称されたバンドが台湾にいる。その名は「五月天」(ウーユエティエン)。英語名はMayday(メイデイ)。1997年3月29日の結成から今に至るまで、中華圏の音楽シーンを席巻し続ける存在だ。

2025年6月の台北ライブ。約4万席がファンで埋め尽くされた。画像提供:相信音樂

五月天のファンは世界各地に2500万人以上いると言われている。台湾の人口は約2340万人。つまりファンの数は台湾の総人口よりも多い。2025年3月29日、結成記念日当日にアメリカ・ラスベガスで行われたライブでは、公式YouTubeチャンネルでライブの一部がオンライン配信された。事前の予告がなかったにも関わらず、1300万人がリアルタイムで視聴していたそうだ。

26年にわたり頂点に君臨し続ける五月天とは一体何者なのか。「海外書き人クラブ」のライターがその実態に迫った。

C-POPの黄金時代に生まれたバンド

五月天について紹介する前に、まずは台湾の音楽全般の歴史を紐解いてみたい。

台湾の流行音楽は1920年代に萌芽し、1930~40年代にかけて、台湾オペラや上海発祥の音楽の影響を受けながら発展していった。ところが1949年、台湾で戒厳令が施行されると、音楽や出版物は政府の審査を受けるようになる。表現の自由が抑制された時代は、世界最長の38年間にわたった。そして1987年に戒厳令が解除されると、台湾の経済や文化は急速に発展していった。

1989年に台湾を代表する音楽賞「金曲奨(ゴールデン・メロディー・アワード)」が創設されると、政府の役割は戒厳令時代の「規制・審査」から、正式に「奨励」へと変化していった。1990年代、表現の自由を手に入れた台湾音楽界は、中華圏のポピュラーミュージック(C-POP)業界を牽引する存在となっていく。

五月天が誕生したのは、そんなC-POPの黄金時代でもあった。

五月天のメンバーは5人。リーダーでありギターの「怪獣」(モンスター)、同じくギターの「石頭」(ストーン)、ベースの「瑪莎」(マサ)、ドラムの「冠佑」(ミン)、そしてボーカルの「阿信」(アシン)だ。

左から、怪獣、瑪莎、石頭、冠佑、阿信。
画像提供:相信音樂

冠佑を除く4名のメンバーは、高校のギター部の先輩・後輩の間柄だ。阿信と怪獣が同学年、その1学年下にいたのが石頭と瑪莎。この4人は高校時代からの長い付き合いだ。

ある日、野外音楽フェスへの参加申込にあたり、瑪莎がネット上で使用していたハンドルネーム「Mayday」をバンド名として登録した。1997年3月29日、台北市内での野外音楽フェス当日にバンド名を正式に「Mayday 五月天」に定め、そこから彼らの快進撃が始まる。

ライブで使われる赤いスポーツカー。ナンバープレートは「MAYDAY-0329」だ。画像提供:相信音樂

世界各地で新記録を樹立

音楽フェスの3か月後、レコード会社に送ったデモテープが見出され、1999年にレコード会社と契約。2000年にリリースされたセカンドアルバム「愛情万歳(Viva Love)」が、台湾の各音楽チャートの1位を独占。デビュー翌年にして台湾の音楽界で確固たる地位を獲得し、その後も世界各地で数々の記録を塗り替えてきた。以下にその一例を挙げてみよう。

2012年、北京オリンピックの会場となった「鳥巣」で単独公演を行い、1回のライブで10万人を動員。

2014年、アメリカ・ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで単独公演を実現。

2015年の日本武道館での単独公演を皮切りに、これまでに日本武道館で3度の単独公演を成し遂げている。

これらはいずれも、「中華圏のアーティストとして初」となる快挙だ。

2012年、北京「鳥巣」でのライブ。10万人が押し寄せた。画像提供:相信音樂

2025年3月29日にアメリカ・ラスベガスのアレジアント・スタジアム(65000人収容)で行われたライブもそのひとつ。ほかにもワールドツアーで訪れる先々で「中華圏初」を叩き出している。

結成記念日当日に行われたラスベガスでのライブ。画像提供:相信音樂
中華圏アーティストとして初めてこのスタジアムの舞台に立った。画像提供:相信音樂

B’zやGLAY、ミスチルも…… J-POP黄金期を築いたミュージシャンたちとの親交

五月天が「アジアのビートルズ」と称されるのは、単に「複数人から構成される男性バンドだから」というだけではない。五月天は「最も影響を受けたアーティストはビートルズ」と公言しており、愛と平和、そして友情や成長をテーマとした曲を歌い続けている。ロックからバラードまでこなす幅の広さと、主にボーカルの阿信によって紡ぎ出される歌詞、何年経っても色あせないメロディーなどが支持され続けている理由だ。メンバーの成熟に伴い「老いと別れ」「過ぎ去った日々への懐古」などをテーマとした曲も多く発表されており、若者だけでなく中高年のファンも多い。加えて、高校時代からの長年の友情が作り出すメンバー同士の信頼感とユーモアたっぷりのトークも人気の秘訣だ。

日本のアーティストとの親交も深い。GLAYとは、日本で開催された「GLAY EXPO 2001」に台湾代表として出演したときから親交がある。2024年には五月天の所属事務所「相信音樂國際股份有限公司」が主催したフェス「Super Slippa」にGLAYが出演し、五月天と共演している。

B’zとの関係も深い。ギターの怪獣はB’zの松本孝弘を崇拝しており、松本に憧れてギターを始めた経歴を持つ。愛用しているギターは松本と同じGibsonのもの。松本はアジア初のGibsonシグネチャーアーティストで、怪獣は松本に次ぐ「アジアで2人目」のGibsonシグネチャーアーティストだ。怪獣は松本のことを「松本先生」と慕い、松本は怪獣のことを「Brother」だと語っている。怪獣がボーカルを務めた「九號球(追憶のナインボール)」という曲では、松本がギターソロを務めている。

メンバー全員がファンだと公言しているのはMr.Children。Mr.Childrenが台北アリーナでライブを行った際には五月天が応援に駆け付けた。また、メンバーには椎名林檎の熱烈なファンもおり、椎名林檎が台北でライブを行った際にはメンバーもライブに「参戦」した。

ライブでの宣言 実現なるか

五月天が2000年代にライブを行っていた「台北アリーナ」の収容人数は15000人程度。いまや1回あたり10万人を動員できるスーパーバンドに成長した彼らにとって、台北アリーナではファンの需要に応えられない。

台北では2012年から、台北アリーナをはるかに上回る収容人数の「台北ドーム」の建設が計画されていた。2014年に竣工予定だったが工事に9年もの遅れが生じ、2023年12月にようやく完成した。

2025年3月30日、ファンが長年待ち望んでいた朗報がもたらされた。それは「6月27日から7月12日までの16日間、台北ドームで8回の公演を行う」という発表。前人未踏の規模だ。ライブは大盛況のうちに幕を閉じ、彼らは台北ドームでも「開業以来初」となる歴史的な記録を打ち立てた。

ライブの際、ボーカルの阿信はよくこう叫んでいる。「五月天は80歳まで歌い続けるよ!」

40代にして3時間半を超えるライブを連日こなす彼らを見ていると、その誓いは本当に実現しそうな気がする。

デビュー26年目を迎えてなお輝きを増す五月天。80歳まで歌い続ける様子を、是非見届けてみたい。

大掛かりかつ精緻な舞台美術も見所のひとつだ。
画像提供:相信音樂

五月天誕生の地-大安森林公園

五月天が結成されたのは、1997年3月29日に台北市内の大安森林公園で行われた野外音楽フェスだ。公園内にあるステージは今でも若手ミュージシャンの登竜門であり、五月天ファンにとっては聖地でもある。

28年前にこの野外音楽ステージで誕生した大学生バンド「五月天」は、いまや32万枚のチケットがわずか10分で完売するような世界的ロックバンドに成長した。

いつかこの野外音楽ステージから、「第2の五月天」が誕生するかもしれない。その日を楽しみに待ちたい。

大安森林公園の野外音楽ステージ。普段は市民の憩いの場だ。
2017年3月29日にはこのステージで20周年記念チャリティーライブが行われた。画像提供:相信音樂

大安森林公園
台湾台北市大安区新生南路2段1号
https://www.travel.taipei/zh-tw/attraction/details/190
台北松山空港から台北MRT文湖線で「大安」(4駅9分)へ。「大安」から徒歩15分、または台北MRT淡水信義線で「大安森林公園」(1駅2分)下車すぐ。

文・写真/市川美奈子 (台湾在住ライター)
民間企業、外務省外郭団体などの勤務を経て、2023年4月から行政機関の職員として台湾に駐在。早稲田大学第一文学部卒。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)の会員。躍動感とホスピタリティに満ちた五月天のライブに魅了され、各都市でのライブ鑑賞にいそしんでいる。

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2025年
10月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店