後徳大寺左大臣は、本名を藤原実定(ふじわらのさねさだ)といい、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公卿・歌人です(1139~1191)。父は藤原公能、母は藤原俊忠の娘で、藤原俊成の甥、藤原定家のいとこにあたります。祖父の徳大寺実能も左大臣だったため、区別して「後」徳大寺左大臣と呼ばれました。

若い頃は順調に出世し権大納言まで昇りましたが、平家全盛期の12年間を不遇に過ごしました。彼はその逆境のなかで和歌や漢詩、音楽など多彩な文化の才能を開花させます。特に、妻子を亡くした悲しみを乗り越え、和歌の世界に深く没頭しました。

復職後は左大臣にまで上り詰めますが、多忙からか作歌への精進を怠ったと俊恵法師に手厳しく批判されたこともあります。晩年は病により出家し、生涯を終えました。

後徳大寺左大臣『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
後徳大寺左大臣の百人一首「ほととぎす~」の全文と現代語訳
後徳大寺左大臣が詠んだ有名な和歌は?
後徳大寺左大臣、ゆかりの地
最後に

後徳大寺左大臣の百人一首「ほととぎす~」の全文と現代語訳

ほととぎす  鳴きつる方を  ながむれば  ただ有明の  月ぞ残れる

【現代語訳】
ほととぎすが鳴いた方をながめると、そこにはただ有明の月が残っているだけである。

『小倉百人一首』81番、『千載集』161番に収められています。これは「暁聞郭公」(あかつきにほととぎすをきく)という題で詠まれました。古来、ホトトギスはその美しい鳴き声で歌に詠まれてきましたが、特にその初音(はつね)、その季節に初めて鳴く声が賞美されました。夏の訪れを告げるその声は、人々の心を惹きつけてやみません。

歌の詠み手である後徳大寺左大臣も、その一声に心を動かされ、声のした方を振り向きます。そこには愛しいホトトギスの姿があるだろう、と。しかし、期待に反して鳥の姿は見えません。代わりに目に飛び込んできたのは、夜が明けきらない空に寂しげに浮かぶ「有明の月」でした。

「有明の月」とは、夜が明けてもなお空に残っている月のこと。だんだんと白んでいく空に溶け込んでいくような、その淡い光は、どこか儚げで物悲しい印象を与えます。

聴覚(ホトトギスの声)から視覚(有明の月)へ。期待(鳥の姿)から静寂(月の光景)へ。この鮮やかな情景の転換こそが、この歌の真骨頂です。

鳴き声が過ぎ去った後の余韻、月が淡く照らす静けさに、作者自身の人生観や抒情がにじみ出ています。この歌は、現代の私たちにも、今この時を慈しみ、儚さとともにある人生を感じるきっかけを与えてくれるのです。

後徳大寺左大臣『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

後徳大寺左大臣が詠んだ有名な和歌は?

特に和歌の才能に優れていただけあり、多くの歌を残しています。その中から二首紹介します。

はかなさを ほかにもいはじ 桜花 咲きては散りぬ あはれ世の中

【現代語訳】
はかなさというものを、桜の花のほかには、何にも喩えて言うまい。咲いては散ってしまう、ああ、人の世というもの。

『新古今和歌集』141番に収められています。「世の中」とは人間の一生・人間関係・俗世・栄枯盛衰・男女の仲など、さまざまなニュアンスを含んでいます。

なごの海の 霞の間より ながむれば 入日(いるひ)を あらふ沖つ白波

【現代語訳】
なごの海の西の空をおおっていた霞が切れ、今しも沈む赤い夕日を洗っている沖の白波よ。

『新古今和歌集』35番に収められています。「なごの海」とは住吉あたりの海を想定したとされています。詞書(ことばがき、和歌の前書き)には「晩霞といふことをよめる」とあり、海の青と夕日の赤、色の対比が見事です。

後徳大寺左大臣、ゆかりの地

後徳大寺左大臣のゆかりの地をご紹介します。

三条烏丸御所跡(さんじょうからすまごしょあと)

京都の中京区三条通烏丸西入南側にある三条南殿跡。三条南殿の最古の居住者は藤原光子。その息子で、後徳大寺左大臣の祖父である藤原実能に受け継がれ、その後鳥羽法皇に献じ御所となりました。また、藤原実能の別荘を細川勝元が譲り受けたのが石庭で有名な龍安寺です。

最後に

後徳大寺左大臣の「ほととぎす~」の歌は、一声の鳥の声に耳を澄まし、空に残る月に心を寄せる、そんな繊細な心の動きを、三十一文字という短い言葉に封じ込めた一首です。この歌を味わうことは、日々の喧騒から離れ、心の中の静けさに耳を澄ます時間を与えてくれるようです。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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