蔦重「耕書堂」のゆくえ

恋川春町(演・岡山天音)、喜三二(演・尾美としのり)、そして蔦重(演・横浜流星)。(C)NHK

I:さて、前週、喜三二(演・尾美としのり)が吉原に「居続け」して、執筆した『見徳一炊夢(みるがとくいっすいのゆめ)』の売れ行きがどうやら期待したほどではないということのようです。蔦重は、その理由について、芝全交(しばぜんこう)という作者の本が評判を呼んでいることを説明します。芝全交といっても知らない人も多いのかもしれませんが、当時のスター作家のひとりで、恋川春町(演・岡山天音)や喜三二などと並び称される実力者。芝全交がこの時期に著した『時花兮鶸茶曾我(はやりやすひわちゃそが)』は曽我兄弟の仇討ちを下敷にした作品です。

A:鎌倉幕府草創期の「曽我兄弟」をモチーフにした作品ですね。当時の人は500年以上前の「曽我兄弟」の物語を把握していて新たな物語を楽しんだのでしょう。曽我兄弟が遊び人のどうしょうもない放蕩者、という設定だったり、巻狩りではなく薪狩りという設定で、薪を頼朝が売りさばくという奇天烈な内容です。

I:なんだかいろいろ小ネタが登場して面白いですね。

A:さて、鱗形屋が廃業するということで、鱗形孫兵衛(演・片岡愛之助)と懇意にしていた恋川春町の去就が問題になるという設定でした。恋川春町は、『金々先生栄花夢』を著したスター作家ですが、鱗形屋廃業を受けて、同業の鶴屋喜右衛門(演・風間俊介)のもとに「移籍」するという流れになったようです。

I:恋川春町は、「同じことをやるのは好きではない」「読み手にも無礼」というような考えを披露するのですが、これ、前週の朋誠堂喜三二の『見徳一炊夢』に対する皮肉をこめた場面なのかと感じました。

A:ああ、吉原に居続けて執筆した『見徳一炊夢』が『金々先生栄花夢』と同様に「夢をみている間の出来事を題材として、目が覚めるという流れを下敷にした物語で、着想じたいは新しくはない。そういう手法を「是」とする作家もいるけれども、自分は「同じことをするのは好きではない」ということなのですね。

I:鱗形屋から恋川春町を「移籍」してもらった鶴屋喜右衛門と恋川春町の相性がどうもよくないという描写になっています。劇中ではやや嫌味のあるキャラクターとして登場している鶴屋ですが、鶴屋も蔦重(演・横浜流星)の耕書堂と並び称された有力地本問屋。浮世絵やら草双紙やらの版元として隆盛します。

A:恋川春町とは単に相性が悪かったということですから、鶴屋がダメな版元ではないということに留意していただきたいと思います。

I:相性って重要ですよね。

A:そうなんです。「ウマがあうか、合わないか」って重要ですよね。タイミングよくいま目を通していた書籍にぴったりのエピソードがありました。『じんかん』で直木賞を受賞した今村翔吾氏が、楠木正行を主人公とした新刊『人よ、花よ、』(朝日新聞出版)を刊行したばかりですが、新聞連載時の挿絵を収録した『今村翔吾朝日新聞連載小説 人よ、花よ、北村さゆり全挿画集』という書籍を「今村翔吾事務所」から刊行しました。

I:小説の挿絵だけをまとめた画集とは、この出版不況の中、思い切ったことをしますね。

A:北村さゆりさんは、『サライ』で2016年から2021年まで連載していた『半島をゆく』で、挿絵を担当いただきました(北村さんは2017年から)。歴史作家の安部龍太郎さんとの取材にも常に同行いただき、安部さんらが取材している間に、精力的にスケッチをされていた姿がいまも印象に残っています。その画集のあとがきですが、今村翔吾さんが綴った文章にこんな一節があります。「作家・今村翔吾」と「挿画画家・北村さゆり」の交流が続いているという流れを受けて、今村翔吾さんは、

その後も個展に伺ったり、対談イベントを行ったり、一緒に食事をしたり。氏の才能を尊敬しているからというのもあるが、それ以上に、何というかウマがあったのであろう。これは重要なことだと思う。

と綴っています。

I:「なんというかウマがあったのであろう」――。こういう出会いというかご縁というか、一生のうちにどれだけあるでしょうか。そう思うと、恋川春町と鶴屋の相性が合わないというエピソードも「なるほどね」と思いますね。

鶴屋(演・風間俊介)とはどうにも合わない春町。(C)NHK

汗が氷柱になる。次ページに続きます

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