
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)第10回では、徳川家基(演・奥智哉)と田安賢丸(演・寺田心)が将棋を指していました。両者はいずれも8代将軍吉宗の血を引く若者で、家基の父家治(演・眞島秀和)と賢丸は従兄弟ということになります。家基からみれば、賢丸は父のいとこの子。当時では、いささか遠い関係ではあります。この場面で気になったのが賢丸の養母宝蓮院(演・花總まり)の台詞です。「家基が将軍になったら、家基と将棋をさすのは足軽あがりの息子なのでしょうね」と涙ぐんだ場面です。
編集者A(以下A):足軽あがりの息子とは、田沼意次(演・渡辺謙)の息子田沼意知(演・宮沢氷魚)のことですね。以前も触れましたが、田沼意次が誕生した際には、父意行も足軽ではありませんので、「足軽あがり」というのは田沼をことさら下に見る「上流階級」の侮蔑です。宝蓮院は関白太政大臣近衛家久の娘になりますから、昨年の大河ドラマ『光る君へ』の藤原道長(演・柄本佑)の子孫ということになります。道長の時代のように権勢を握っているわけではありませんが、権威は維持していたのでしょう。
A:10代将軍家治の生母は、9代将軍家重正室の増子女王が関東に下向した際にお側付として、ともに京からやってきたお幸の方(至心院)。宝蓮院は近衛家出身ということを鼻にかけ、将軍家治をも下に見ていたのかもしれないと思わされるシーンになりました。
I:背筋が凍るというか、「江戸城の闇」を感じる場面になりました。

田沼の権勢はいつまで続くのか
I:さて、この場面は江戸城の権力闘争の一断面を描いたということになるのですが、整理しましょう。
A:田沼意次は、さまざまな改革に着手していました。『初めての大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」歴史おもしろBOOK』によれば、「通貨の統一を試み」「朝鮮人参国産化」「国産砂糖生産を奨励」「蝦夷地の開発に着手」「地場産品開発を奨励」などの「改革」を進めていました。息子の意知も出世街道をまい進していました。「田沼」による政権が続けば、「開国」ももう少し早かったのではないかともいわれています。
I:でも、なかなかそうもいかない状況だったんですよね。江戸幕府では、第5代将軍綱吉の側近で、絶大な権勢を誇った柳沢吉保も将軍代替わりで失脚しました。第6代将軍家宣の側近の間部詮房(まなべあきふさ)も家宣の死後、幼少の7代将軍家継政権でもスライドしましたが、家継が7歳で亡くなると罷免されています。
A:2代の将軍治政化で権勢を維持するのは難しいという問題がありました。田沼意次はすでに9代将軍家重、10代将軍家治の治世下で権勢を誇っているわけです。ですから、10代将軍家治が生きている間はともかく、11代将軍の時代になっても権勢を維持できるかは不透明。順当にいけば11代将軍は家基が就任することになるのですが、劇中では、どうも家基は田沼政治に良い感情を持っていない。
I:そもそも田沼意次は、9代家重が、家治に田沼意次を重用するように遺言したそうですね。
A:そうです。10代家治は父の遺言をしっかり遵守しました。ともに将棋を愛するという共通点があったことも見逃せません。
I:田沼の立場からすれば、なんとか家基の懐にはいっていきたい、という状況の中で、家基の正室に賢丸の妹種姫(演・小田愛結)が候補としてあがっているというのは、田沼にとっては由々しきことというわけですね。
A:さて、江戸城の権力闘争、いったいどういう展開になっていくのでしょうか。

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