
人の生き方とは様々です。何となく観ていたテレビ番組や新聞の記事などで、とある人物の人生を知り、心打たれることがあります。人様の生き方から学ぶことも多いもの。また、己の生き方と比べ、恥いることもしばしばです。
どこで、人生の違いが生じたのか? 運なのか、チャンスだったのか……。おそらくは、志と運を呼び寄せる努力、そしてチャンスを物にする能力の違いではないでしょうか?
先人たちが残した名言や金言の中に、その答えを見つけることができるかも知れません。今回の座右の銘にしたい言葉は「安心立命」 です。
「安心立命」の意味
「安心立命」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「人力を尽くしてその身を天命に任せ、どんな場合にも動じないこと」とあります。「あんしんりつめい」、仏教用語では「あんじんりゅうみょう」と読みます。
「安心」(あんじん)とは、仏教の言葉で、心を一つの対象に集中させ、迷いや不安から解放された安らかな境地のこと。そして「立命」(りゅうみょう)は、儒教の教えから来ており、天から与えられた使命(天命)を深く理解し、その上で自分の人生を確立していくことを意味します。
つまり、自分の力ではどうにもならない運命や宿命を静かに受け入れ、人としてやるべきことを尽くした上は、何が起ころうとも心穏やかに、どっしりと構えている。そんな、成熟した大人のための、強くてしなやかな心の在り方を示しているのです。
「安心立命」の由来
「安心立命」の由来は、諸説ありますが、中国の『景徳伝燈録』や儒教の『安身立命』にあるとされています。また、禅宗においても「安心」は重要な概念です。禅の世界では、坐禅などを通して自己と向き合い、あらゆる執着やこだわりを手放すことで、本来の自分に目覚め、心の安らぎを得ることを目指します。
外側の世界の出来事に一喜一憂するのではなく、自分の内側に揺るぎない心の拠り所を見出すこと。これこそが「安心」の境地。この言葉は人生の目的を見失わず、主体的に生きていくための強さを与えてくれます。

「安心立命」を座右の銘としてスピーチするなら
「安心立命」を座右の銘としてスピーチする時には、言葉の意味を説明するだけでなく、なぜ自分がこの言葉を大切にしているのか、自分の経験とどう結びついているのかを語ることです。教科書のような説明ではなく、あなた自身の人生を通した解釈が、聞く人の共感を呼びます。
以下に「安心立命」を取り入れたスピーチの例をあげます。
自分らしく生きるためのスピーチ例
私の座右の銘は、「安心立命」という言葉です。
この言葉に出会ったのは、60歳を迎えた頃でした。長年勤めた会社を退職し、これからの人生をどう生きていこうかと考えていた時期です。正直に申し上げて、不安がありました。仕事という柱を失い、自分の存在価値が見えなくなるような気がしたのです。
そんな時、友人に勧められて読んだ本の中に「安心立命」という言葉がありました。天命を知り、心を安らかにして生きる。最初は、なんだか消極的な言葉に思えました。しかし、その意味を深く知るうちに、これは決して諦めではなく、むしろ積極的な生き方なのだと気づいたのです。
人生には、自分の力ではどうにもならないことがたくさんあります。でも同時に、自分にできることもある。やるべきことは全力でやる。その上で、結果については天に任せる。そう考えた時、肩の力が抜けました。
今、私は地域のボランティア活動に参加しています。できる範囲で、できることを。そして、それがどんな結果をもたらすかは、あまり気にしないようにしています。ただ、目の前の人が少しでも笑顔になってくれたら、それでいい。そう思えるようになりました。
「安心立命」という言葉は、人生の後半戦を心穏やかに、そして自分らしく生きるための羅針盤となっています。
最後に
「安心立命」は、決して「何もしない」という諦めの言葉ではありません。むしろ、やるべきことをやり尽くした人だけが辿り着ける、積極的で、力強い心の在り方です。
これまでの人生で、様々な荒波を乗り越え、多くの責任を果たしてこられたサライ世代の皆様だからこそ、この言葉の持つ本当の重みと温かさを、深く理解できるのではないでしょうか。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
