蝉丸(せみまる)は、平安時代初期の歌人であり、その実像については諸説あり、ほとんど伝説的な人物とされています。『今昔物語集』では、宇多天皇の第八皇子・敦実親王に仕えた雑色(下級官人)として描かれ、一方で『平家物語』では醍醐天皇の第四皇子とされています。
最も広く知られているのは、盲目の琵琶法師としての姿です。特に琵琶の名手として、源博雅が秘曲『流泉』『啄木』を習得するため、3年もの間通い詰めたという逸話が『今昔物語集』に記されています。
また、能の『蝉丸』では、幼少期に盲目を理由に捨てられた悲劇的な皇子として描かれ、琵琶を慰めとして生きる姿が印象的に語られています。
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目次
蝉丸の百人一首「これやこの~」の全文と現代語訳
蝉丸が詠んだ有名な和歌は?
蝉丸、ゆかりの地
最後に
蝉丸の百人一首「これやこの~」の全文と現代語訳
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも あふ坂の関
【現代語訳】
これがあの、行く人も帰る人も、知っている人も知らない人も別れてはまた逢うという逢坂の関というものなのだなあ。
『小倉百人一首』10番、『後撰和歌集』1089番に収められています。この歌は、平安時代の交通の要所であった「逢坂の関(おうさかのせき)」を詠んだものです。逢坂の関は、現在の滋賀県と京都府の境に位置し、東国と京を結ぶ重要な場所でした。この地では、旅人たちが行き交い、別れや再会が繰り返されていました。
蝉丸は、盲目の琵琶法師であったと伝えられているものの、人々の別れや出会いを目の当たりにし、人生の無常を感じている様子が表現されています。「これやこの」という感嘆の表現は、目の前の光景に驚きや感動を覚えた心情を表しています。
また、「知るも知らぬも」という表現には、身分や地位にかかわらず、すべての人々が人生の岐路に立たされているという普遍的なメッセージが込められています。
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蝉丸が詠んだ有名な和歌は?
蝉丸が詠んだ歌はそれほど多くはありませんが、その中から二首紹介します。
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1:逢坂の 関の嵐の はげしきに しひてぞゐたる よを過ぎむとて
【現代語訳】
逢坂の関の嵐があまりにも激しくて、無理をして動かずにいたよ、この夜を過ごそうとして。
この歌は『新古今和歌集』に収められていますが、同じ逢坂の関を詠んだものです。「よ」は、「世」と「夜」を掛けた掛詞です。
2:世の中は とてもかくても 同じこと 宮もわら屋も はてしなければ
【現代語訳】
この世は、どう過ごそうと同じことだ。華やかな宮殿も、粗末な藁屋も、最後にはなくなってしまうのだから。
「宮」は、皇居や御殿を表します。「わら屋」は、藁で編んだ小屋のことです。どんなものでも、最後にはなくなってしまうという世の無常観を表している歌です。
蝉丸、ゆかりの地
蝉丸ゆかりの地を紹介します。
関蝉丸神社
関蝉丸神社(せきせみまるじんじゃ)は、京都と滋賀の境にある逢坂山に位置し、嵯峨天皇の弘仁13年(822年)に創建された神社です。
当初は旅人の守護神・猿田彦命を山上の上社に、豊玉姫命を麓の下社に祀っていましたが、平安時代中期に琵琶の名手として知られる蝉丸が合祀されました。
蝉丸が盲目から開眼したという逸話から眼病平癒の神として、また歌舞音曲・芸能の祖神として広く信仰を集めています。髢(かもじ)の祖神としても知られています。
江戸時代には芸能関係者の信仰を集め、全国の説教者や雑芸人を統轄する重要な存在となりました。現在も芸能上達や眼病平癒、縁結びなど、様々な御利益を求めて参拝者が訪れています。
最後に
この歌を通じて、逢坂の関という場所が持つ歴史的な意味や、旅人たちの出会いと別れのドラマを感じ取ることができます。ぜひ、蝉丸の歌をきっかけに、百人一首や古典文学の世界に触れてみてください。それは、現代の私たちにとっても、心を豊かにする体験となるはずです。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)
アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)
●執筆/武田さゆり
![武田さゆり](https://serai.jp/wp-content/uploads/2024/02/ea8ac72ee5be5f18a29c94b1230b45ea-525x700.jpg)
国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
●協力/嵯峨嵐山文華館
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百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp
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