俊恵法師(しゅんえほうし)は、百人一首に歌が選ばれている源経信(つねのぶ、71番)を祖父、源俊頼(としより、74番)を父に持つ歌人の家系に生まれました。17歳で父を亡くし、東大寺の僧となりますが、40代頃より和歌に再び傾倒します。京都に「歌林苑(かりんえん)」という僧坊を建て、藤原清輔、寂蓮法師、二条院讃岐など著名な歌人を招き歌会を盛んに開催しました。

この歌林苑は、平安時代末期を代表する歌人サロンとして知られ、『方丈記』の作者、鴨長明も参加、俊恵法師に師事しました。鴨長明の和歌理論書『無名抄(むみょうしょう)』にも、俊恵法師の言葉が登場します。このように、俊恵法師は僧侶でありながら歌人としても活躍し、後世の歌壇に大きな影響を与えました。

俊恵法師
俊恵法師『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
俊恵法師の百人一首「夜もすがら~」の全文と現代語訳
俊恵法師が詠んだ有名な和歌は?
俊恵法師ゆかりの地
最後に

俊恵法師の百人一首「夜もすがら~」の全文と現代語訳

夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨(ねや)のひまさへ つれなかりけり

【現代語訳】
一晩中恋しい人への物思いに沈んでいるこの頃は早く夜が明けたらよいと思っているのですが、なかなか夜は明けず、寝室の隙間までが、わたしにつれなく思われます。

『小倉百人一首』85番、『千載集』766番に収められています。『千載集』の詞書には、「恋の歌とて詠める」とあります。この歌は、恋の苦しみを女性の立場として詠んだ歌です。

「もの思ふ」とは、夜通し寝ずに恋しい人を想っている様子が表現されています。「明けやらで」は、なかなか夜が明けないという意味で、恋する人には、夜は永遠のように長く感じられるのでしょう。「閨(ねや)のひまさへ」は、一人で寝ている部屋の隙間風のこと。この隙間風が、まるで恋の苦しみを増幅させるかのように、身を切らせる寒さとして感じられます。

俊恵法師『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

俊恵法師が詠んだ有名な和歌は?

僧坊に様々な歌人を招いて歌会を開き、家集があるだけあり、俊恵法師には多くの歌が残されています。その中から有名な歌を二首紹介します。

1:み吉野の 山下風や はらふらむ 梢にかへる 花のしら雪

【現代語訳】
吉野の麓を吹く風が払うのだろうか。一度散ったのに、梢に戻ってゆく花の白雪よ。

『千載集』93番に収められており、詞書(ことばがき、和歌の前書きのこと)には「花の歌とてよめる」とあります。吉野山の麓から吹く風が、木々の梢に舞い戻る桜の花びらを、白雪のように散らせている情景を詠んでいます。

風に舞って散り、また舞い上がる桜の花びらの美しさを、雪に例えることで、幻想的な情景を表現しています。作者の繊細な自然観察と、優美な表現力が感じられる一首です。

2:すみれ草 つみ暮らしつる 春の野に 家路教ふる 夕づくよかな

【現代語訳】
すみれ草を日が暮れるまで摘んで過ごした春の野で、家路はこちらだと照らして教えてくれる夕月であるよ。

『林葉集(りんようしゅう)』に収められています。この歌は、穏やかな日常を詠いながら、その背景に込められた深い情感が魅力です。特に、「すみれ草」を摘む行為や「春の野」という舞台が、何気ない生活の一コマを象徴していますが、夕暮れに自然が家路を教えるという比喩により、日々の営みに対する謙虚な感謝の気持ちや、自然との調和が感じられます。

俊恵法師ゆかりの地

俊恵法師ゆかりの地を紹介します。

福田寺(ふくでんじ)

福田寺は、京都市南区久世殿城町にある西山浄土宗光明寺の末寺です。養老2年(718)に行基菩薩によって創建され、釈迦如来と地蔵菩薩の二尊を本尊としています。

俊恵法師が、ここで住職を務めました。当初は真言宗の七堂伽藍を有する寺院でしたが、後に荒廃し、浄土宗に改宗しました。俊恵法師は寺の荒廃を嘆いて、「故郷の坂井のしみず水草いて月さへ住まずなりにけるかな」という歌を詠んでいます。現在も俊恵法師の歌碑が残されています。

最後に

百人一首といえば、お正月のかるた取りを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、百人一首は単なる遊び道具ではなく、平安時代から鎌倉時代にかけての和歌の名歌100首を集めた、いわば日本の古典文学の宝庫です。そこには、宮廷の華やかな恋愛模様や、自然への畏敬の念、人生の無常観など、様々な歌人の想いが込められています。俊恵法師の和歌を通して、古の歌人たちの心情を知り、豊かな感受性を育んでみてはいかがでしょうか。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

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